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【急に衝撃の発表をします!!🫢エッ!?】
lilyさん(高知県の犯人✨)のポストのおかげで気づきました😅
版元さんが、すでに予告しちゃっているので、言ってしまっても良いでしょう😅
流水が現在執筆中の「新たな壁本」は、実は、「館ミステリ」です🫢エエーッ!?
各都道府県にひとつずつ、それぞれ趣向を凝らした館が登場します🫢ソウナノ?
前代未聞!! 「47の館」と「47人の犯人」を描くミステリです!🫢ワー💦
某作品のように、ワントリックではありません😌
それぞれ独立した、すべて別のトリックを使用した事件でありながら、最後にすべてを統合します😎フフッ✨
そんなこと、人間にできるの?🫢💦
もしできる人がいるなら、地球上に彼しかいないでしよう😁ヘヘッ✨
#KukuriNezi
入場特典冊子の表4の広告に「新たな壁本」(清涼院流水)が!マイナビ出版から出るって、既に情報公開されてましたっけ?私が情弱で知らなかっただけ?
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
【#東方の3おじさん 語録】(安楽死についてのご質問に)「脳死の問題なども絡んでくるんですよね。脳死を死ととらえれば臓器移植という話にもなりますけれど、はたして脳死は本当に死んでいるのか、という議論も昔からありますし」――カトおじ流水(第22回放送より)
youtube.com/watch?v=1BoS9yko…
【日本文学の革命家・村上龍先生から清涼院流水が受けた絶大すぎる影響(第7回)】
龍先生の作風が劇的な進化を遂げた時期について考えたとき、2000年に相次いで刊行されたふたつの代表作、「共生虫」と「希望の国のエクソダス」は絶対にはずせません。
1996年の作家デビュー後から龍先生の作品を学び直していた流水は、2000年には龍先生の活動を完全にリアルタイムで追えるようになっていましたので、当時のことは時代の雰囲気まで含めて鮮明に記憶しています。
谷崎潤一郎賞に輝いた「共生虫」は、引きこもりの青年がインターネット上の掲示板をきっかけにして殺人の衝動につき動かされるさまを詳細に描いた作品です。
引きこもりという現象自体は、そのだいぶまえから存在していたのですが、マスメディアが大々的に報じるようになり、一般に広く知られるようになったのは、2000年の後半です。
どうしてそう断言できるかと言うと、この連載の第1回で言及した流水が2000年から2001年にかけて隔月刊行した「トップラン」という作品は当時の最新ニュースを大量に物語内に取り込んでいることが特徴で、2000年の後半に引きこもりが大きな話題となったことを作品にも書いたからです。
かつての流水は、その後も定着しそうな用語が生まれると、記録の意味もあり、自作に書くようにしていました。
それによって、どの用語がいつ広まったかを特定できるのです。
たとえば、ある友人作家さんのデビュー作には、「1998年にはストーカーという言葉はまだなかった」という文章が出てきます。
それが事実誤認だと証明できるのは、流水が1997年に刊行した「19(ジューク)ボックス」で、メディアが使用し始めていたストーカーという用語をすでに使用しているからです。
脱線しましたが、引きこもりという用語が本格的に定着したのは2000年の後半であり、龍先生が「共生虫」を刊行されたのは同年の3月です。
同年に「共生虫」が大ベストセラーとなったことで、引きこもりの認知度がさらに高まった面もあります。
引きこもりだけでなく、当時、犯罪を誘発するリスクがあるとして社会問題となっていたインターネットの掲示板が「共生虫」で描かれていたことも、大きな注目を集めました。
龍先生はデビュー作「限りなく透明に近いブルー」以降、多くの人が知らない「貴重な情報」を物語の形で大衆に届けることを続けてこられましたが、インターネットの登場によって龍先生の情報収集能力、現代の真相を深く把握し、次の時代を予測する能力が爆発的に高まったのです。
この連載の第4回でご紹介した「ラブ&ポップ トパーズII」も、当時、深刻な社会問題となっていた援助交際をジャスト・タイミングで描いた作品でしたが、「共生虫」は引きこもりが深刻な社会問題化する直前に作品が発表されたことで、龍先生の全作品の中でもいちばん時代にハマった感が強い作品となっています。
その次の「希望の国のエクソダス」は、水面化で大きな問題となっていたが、まだ広く認知される以前だった不登校の問題を扱い、ふたたび時代に重要な問題提起をされることとなりました。
「希望の国のエクソダス」に出てくる「この国には何でもある。だが、希望だけがない。」という名言は、時代の問題を見事に切り取った言葉として、当時、国会でも紹介されていました。
2000年ごろに「失われた10年」と言われていた日本経済の停滞は、それ以後、現在までずっと続いていて、もうすぐ「失われた40年」と言われる事態です。
「この国には何でもある。だが、希望だけがない。」状況は、まったく変わっていません。
先進国を対象にした、国民が未来に希望をいだいているランキングで、日本は、つねに最下位です。
なにかのエクソダス(脱出)が必要な状況に、龍先生は四半世紀まえから警鐘を鳴らし続けておられたのです。
そんな龍先生と流水の作家としての大きな共通点のひとつは、「未来を予測する能力」で高く評価されてきたことです。
もちろん、流水は存在自体がカルト的なので、龍先生のように日本人全体にインパクトを与えることはありませんが、「コズミック」で描いた松尾芭蕉の手記が刊行直後に実際に発見されたり、「ジョーカー」で描いたのとそっくりの猟奇事件が神戸で起きてテレビ局からインタビューされたり(本気で犯人だと疑われていたフシがあります)、9・11後の「見えない戦争」というキーワードとその内容を数年まえに「カーニバル」でひと通り描き尽くしていたことは、昔からの読者のみなさまのあいだでは広く知られています。
最近、連日ニュースを賑わせているハッカーによる劇場型犯罪も、「手口が流水先生の作品にそっくり! 犯人は流水先生じゃないですよね?」というメールが編集者から届いたほどです(もちろん、流水は、それらの犯罪には無関係です)。
そうした未来予測に関して、龍先生や流水が特別な能力に恵まれていたわけではありません。
正確な未来予測が難しいのは、予測に必要な情報がそろっていないからです。
現状を把握できる情報が手元にそろえれば、次の展開は、おのずと見えます。
広範囲に及ぶ情報収集に裏づけられた龍先生の未来予測は、2000年の「共生虫」と「希望の国のエクソダス」で、最大の冴えを見せました。
だから、その年、龍先生はまさに無双状態で、話題を独占することになったのです。
そして、この文章を書きながら衝撃を受けるのは、2000年の龍先生は、現在の流水より4歳も年下だということです。
はるかに年上だと思っていた先輩作家が重要な活動をされた年齢にいつしか自分が到達し、それを超えていると気づいたときには、自分のこれまでとこれからの活動について、改めて、考え直したい気分になります。
これを読んでくださっているみなさまにも、この感覚は、共感していただけるのではないでしょうか?
もし良かったら、あなたが大好きな作家さんが、あの代表作を書かれた年齢を、たまにでも意識してみてください。
【きょうの新約聖句: Day 311】
兄弟のみなさん、それともあなた方(がた)は次のことを知らないのですか。
わたしは、律法(りっぽう)を知っている人たちに話しているのですが、律法は人をその生きている間(あいだ)だけ支配するのです。
結婚した女は、夫が生きている間(あいだ)、律法によって結(むす)ばれています。
しかし、夫が死ねば自分を夫に結びつけていた律法から解(と)かれます。
ですから、夫が生きている間(あいだ)に、他の男のものとなるなら、姦通(かんつう)の女と呼ばれますが、夫が死ねば、律法からは自由になったので、他の男のものとなっても、姦通の女とはなりません。
さて、兄弟のみなさん、あなた方(がた)もまた、キリストの体(からだ)との一致(いっち)によって、律法に対(たい)しては、死んだ者となりました。
それは、あなた方(がた)が、ほかの方(かた)、すなわち、死者の中から復活させられた方(かた)のものとなり、神のために実(みの)りを結ぶようになるためです。
わたしたちが肉(にく)の指図(さしず)のままに生きていたとき、罪に結びつく欲情(よくじょう)が律法によって目覚(めざ)めさせられ、わたしたちの五体(ごたい)の中で働(はたら)いていて、死に至(いた)る実りを結びました。
しかし、今(いま)は、わたしたちを縛(しば)っていた律法に対して、わたしたちは死んだのであり、その支配から解かれています。
それで、文字による古い生き方ではなく、霊(れい)による新しい生き方(かた)で神に仕(つか)えているのです。
ローマの人々への手紙 7:1-6
(聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注)
[Today’s New Testament Verses: Day 311]
Are you unaware, brothers (for I am speaking to people who know the law), that the law has jurisdiction over one as long as one lives?
Thus a married woman is bound by law to her living husband; but if her husband dies, she is released from the law in respect to her husband.
Consequently, while her husband is alive she will be called an adulteress if she consorts with another man.
But if her husband dies she is free from that law, and she is not an adulteress if she consorts with another man.
In the same way, my brothers, you also were put to death to the law through the body of Christ, so that you might belong to another, to the one who was raised from the dead in order that we might bear fruit for God.
For when we were in the flesh, our sinful passions, awakened by the law, worked in our members to bear fruit for death.
But now we are released from the law, dead to what held us captive, so that we may serve in the newness of the spirit and not under the obsolete letter.
The Letter to the Romans 7:1-6
(New American Bible Revised Edition)
【流水コメント】
パウロはここで、現代人にも理解しやすいたとえで説明してくれています。
配偶者(はいぐうしゃ)が生きているあいだに別の相手と密通(みっつう)すれば、それは姦通(かんつう)の罪(つみ)を犯(おか)したことになります。
ですが、配偶者が亡(な)くなったあとであれば、それは、姦通とは言われません。
つまり、律法というのは生きているあいだだけ有効だが、キリストを信じる者たちは、キリストが十字架につけられたときに古い自分が死んでいるので、罪から解放されている、というのがパウロの論法(ろんぽう)です。
そうして新生(しんせい)したクリスチャンたちは、復活したキリストにより神の霊(れい)を注(そそ)がれているので、罪ではなく神のために生きる存在になっていることを、パウロは述べています。
[Ryusui’s Commentary]
Paul uses an analogy that is easy for modern people to understand.
If a spouse engages in fornication with another person while he or she is still alive, he or she has committed the sin of adultery.
However, if it happens after the spouse dies, it is not considered adultery.
In other words, Paul's argument is that the law is valid only while we are alive, but those who believe in Christ are freed from sin because their old selves died when Christ was crucified.
Paul states that these born-again Christians have been anointed with the Spirit of God through the resurrected Christ, so they live for God rather than sin.
【きょうの旧約聖句: Day 311】
さてその翌日(よくじつ)、人々(ひとびと)が彼女の夫ヨアキムの所(ところ)に集(あつ)まったとき、二人の長老は、どうしてもスザンナを死罪(しざい)にしようという不法な企(たくら)みを抱(いだ)いていた。
彼らは人々の前で言った、「ケルキアの娘、ヨアキムの妻スザンナを呼びにやりなさい」。
そこで人々は呼びに行った。
スザンナは両親と子供たち、親類(しんるい)の者(もの)たちみなと一緒(いっしょ)にやって来(き)た。
彼女は非常にたおやかで美しかった。
かの無法(むほう)の者どもは、彼女が顔を覆(おお)っていたので、その美しさを楽しもうと、ベールを取るように命(めい)じた。
身内(みうち)の者や、見ていた者たちもみな泣いた。
二人の長老は人々の真ん中に立ち、彼女の頭(あたま)に手を置いた。
彼女は泣きながら天を仰(あお)いだ。
心から主(しゅ)に頼(たよ)っていたからである。
長老たちは言った、
「われわれ二人が庭園(ていえん)を散歩していると、この女が二人のはしためを連(つ)れて入ってきました。
彼女は庭園の門を閉め、はしためたちを下(さ)がらせました。
すると、隠(かく)れていた若い男が彼女に近寄り、彼女とともに横たわりました。
われわれは庭園の隅(すみ)の所にいたのですが、この不法な行為(こうい)を見て、彼らのほうに走っていきました。
われわれは二人が一緒に寝ているのを見ました。
しかし、男を捕(と)らえることはできませんでした。
彼はわれわれよりも力(ちから)が強く、門を開けて逃げてしまったからです。
そこで、この女を捕らえて、あの若い男の素性(すじょう)を問(と)いただしましたが、それを告(つ)げようとはしませんでした。
以上のことを証言します」。
会衆(かいしゅう)は、民(たみ)の長老であり、裁判官である彼らの言葉を信じ、彼女を死刑に定(さだ)めた。
スザンナは声をあげて言った、
「隠されたことを知り、あらゆることを、その起こる前から知っておられる永遠(えいえん)の神よ。
あなたは彼らがわたしに対(たい)して偽(いつわ)りの証言をしたことをご存(ぞん)じです。
ご覧(らん)ください。
この人たちが悪意(あくい)をもって仕組んだことを、何(なに)一(ひと)つしませんでしたのに、わたしは死んでいくのです」。
ダニエル書 13:28-43
(聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注)
[Today’s Old Testament Verses: Day 311]
When the people came to her husband Joakim the next day, the two wicked old men also came, full of lawless intent to put Susanna to death.
Before the people they ordered: "Send for Susanna, the daughter of Hilkiah, the wife of Joakim."
When she was sent for, she came with her parents, children and all her relatives.
Susanna, very delicate and beautiful, was veiled; but those transgressors of the law ordered that she be exposed so as to sate themselves with her beauty.
All her companions and the onlookers were weeping.
In the midst of the people the two old men rose up and laid their hands on her head.
As she wept she looked up to heaven, for she trusted in the Lord wholeheartedly.
The old men said,
"As we were walking in the garden alone, this woman entered with two servant girls, shut the garden gates and sent the servant girls away.
A young man, who was hidden there, came and lay with her.
When we, in a corner of the garden, saw this lawlessness, we ran toward them.
We saw them lying together, but the man we could not hold, because he was stronger than we; he opened the gates and ran off.
Then we seized this one and asked who the young man was, but she refused to tell us.
We testify to this."
The assembly believed them, since they were elders and judges of the people, and they condemned her to death.
But Susanna cried aloud:
"Eternal God, you know what is hidden and are aware of all things before they come to be: you know that they have testified falsely against me.
Here I am about to die, though I have done none of the things for which these men have condemned me.”
The Book of Daniel 13:28-43
(New American Bible Revised Edition)
【流水コメント】
美しい人妻(ひとづま)スザンナに関係を迫(せま)り、拒(こば)まれた長老ふたりは、彼女を死罪(しざい)にするべくデタラメな証言をしました。
同じような卑劣(ひれつ)な事件は現代のニュースでも定期的に起きていますが、この聖書の事件は、長老ふたりの共犯である点で、さらに悪質さと醜怪(しゅうかい)さが際立(きわだ)っています。
聖書の時代は極端(きょくたん)な男尊女卑(だんそんじょひ)の社会でしたから、女性の証言は信頼されませんでした。
長老ふたりは、指導者的な立場だったので、民衆は長老たちを信じました。
死刑が確定したスザンナは、神を信じる敬虔(けいけん)な女性だったので、絶望の中で、神に向(む)かって魂(たましい)の叫(さけ)びを発しました。
この続きは、あす、ご紹介します。
[Ryusui’s Commentary]
Two elders pressured a beautiful married woman named Susanna for a sexual encounter; when she refused, they gave false testimony intended to have her sentenced to death.
While similar despicable acts still appear in the news today, this biblical incident is particularly malicious and grotesque because the two elders acted in collusion.
In the biblical era, society was characterized by extreme misogyny, and the testimony of a woman was not considered credible.
Because the two elders held positions of leadership, the public believed them.
Facing a death sentence, Susanna—a devout woman of faith—cried out to God from the depths of her despair.
I will share the rest of the story tomorrow.
【きょうのポテトヘッドさん】
「きょうの旧約/新約聖句」のご感想、毎日ありがとうございます🙇♂️
引用してくださった通り、福音書では、永遠のいのちを得るには「神を愛し、隣人を愛せ」とイエスは命じました😲オオーッ✨神と隣人を愛する者は、自然と神に望まれた生き方をすることになるからですね🙏😌✨
スザンナに関係を迫り、抵抗されると彼女に無実の罪を着せる長老ふたりは、あまりにも卑劣ですね😠立場のある者が暴走するとこうなる、という悪い見本です😮💨
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
きょうの新約聖句: Day 157のコメントでは当時、女性は社会的な地位が低く、女性の証言は信頼されない面があったと記載されていたが、このスザンナと長老の場合、悪いのは長老のはずだ。モーセの十戒にも反している気がするが、この後どうなったのか気になるところ。
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
きょうの旧約聖句、彼女は大声で助けを呼んだ。すると、二人の長老も彼女に対抗して叫び立て、一人が走っていって、庭園の門を開け放った。激情に駆られた長老二人がスザンナにとった行動はなんて卑劣なんだ。
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
きょうの新約聖句、今や、罪から解放され、神の奴隷となっているあなた方は、聖なるものとなるための実りを得ています。その行き着く先は永遠の命です。きょうの新約聖句: Day 005に「どうすれば永遠の命を得ることができますか」という質問があったな。「神を愛せ、そして、隣人を愛せ」だったよなぁ
【きょうの新約聖句: Day 310】
では、どうなのですか。
わたしたちは律法(りっぽう)のもとにあるのではなく、恵(めぐ)みのもとにあるのだから、罪(つみ)を犯(おか)そうということになるのでしょうか。
決(けっ)してそうではありません。
あなた方(がた)は知らないのですか、服従(ふくじゅう)するために自分を奴隷(どれい)としてささげるなら、その服従するものの奴隷となる、すなわち、死に至(いた)る罪の奴隷となるか、あるいは、救(すく)いの義(ぎ)に至る従順(じゅうじゅん)の奴隷となるか、どちらかです。
しかし、神に感謝します。
あなた方(がた)は、かつて罪の奴隷でじたが、規範(きはん)としての教えに委(ゆだ)ねられ、それに心から従(したが)う者となり、罪から解放され、救いの義の奴隷とされました。
このことは、あなた方(がた)の人間としての弱さの故(ゆえ)に理解し難(がた)いことですから、わたしは人間的な言い方(かた)をしているのです。
あなた方(がた)はかつて自分の五体(ごたい)を奴隷として汚(けが)れと不法(ふほう)にささげ、神の法に背(そむ)く者となったと同じように、今(いま)は、自分の五体を奴隷として救いの義にささげ、聖(せい)なるものとなりなさい。
あなた方(がた)は、罪の奴隷であったとき、救いの義に対(たい)しては自由の身(み)でした。
今(いま)あなたが恥(は)じているような振(ふ)る舞(ま)いから、その時(とき)、どんな実(みの)りを得(え)ましたか。
そのような振る舞いの行き着く先は死なのです。
しかし、今や、罪から解放され、神の奴隷となっているあなた方(がた)は、聖なるものとなるための実(みの)りを得ています。
その行き着く先は永遠(えいえん)の命(いのち)です。
罪が支払う報酬(ほうしゅう)は死であり、神の恵(めぐ)みの賜物(たまもの)は、わたしたちの主(しゅ)イエス・キリストとの一致(いっち)による永遠の命なのです。
ローマの人々への手紙 6:15-23
(聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注)
[Today’s New Testament Verses: Day 310]
What then?
Shall we sin because we are not under the law but under grace?
Of course not!
Do you not know that if you present yourselves to someone as obedient slaves, you are slaves of the one you obey, either of sin, which leads to death, or of obedience, which leads to righteousness?
But thanks be to God that, although you were once slaves of sin, you have become obedient from the heart to the pattern of teaching to which you were entrusted.
Freed from sin, you have become slaves of righteousness.
I am speaking in human terms because of the weakness of your nature.
For just as you presented the parts of your bodies as slaves to impurity and to lawlessness for lawlessness, so now present them as slaves to righteousness for sanctification.
For when you were slaves of sin, you were free from righteousness.
But what profit did you get then from the things of which you are now ashamed? For the end of those things is death.
But now that you have been freed from sin and have become slaves of God, the benefit that you have leads to sanctification, and its end is eternal life.
For the wages on an as death, but the gift of God is eternal life in Christ Jesus our Lord.
The Letter to the Romans 6:15-23
(New American Bible Revised Edition)
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
「ああなったらどうしよう、こうなったら困る」と想像するうちに、心配事はどんどん大きくなります。心配事があるときは、神様に「明日のことはあなたにお任せします」と祈って寝てしまうのが一番。明日のことは明日、心配すればいいのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
♰🇮🇹 SPECTACULAR BEAUTY OF FLORENCE CATHEDRAL 🇮🇹♰
Our Lady of the Flower, pray for us 🙏
🎥 Cathedral of Santa Maria del Fiore (Our Lady of the Flower), Florence, Italy 🇮🇹
Construction began on 9 September 1296. It is one of the largest churches in the world, with a length of 153 meters (502 ft), a width of 90 meters (300 ft) at the transept, and a height of 114.5 meters (376 ft) from the floor to the base of the lantern. The cathedral's exterior is adorned with polychrome marble panels in green, pink, and white.
♰🇮🇹 Beautiful Catholic Naples 🇮🇹♰
🎥 Church of Santa Caterina a Formiello, Naples, Italy 🇮🇹
Construction began around 1510 under architect Antonio Fiorentino della Cava and was completed in 1593, making it one of the first churches in Naples to feature a dome.
The church’s name derives from the Latin ad formis ("near the pipes"), referring to the nearby Bolla aqueduct water spouts. It was originally built for the Celestine order but passed to the Dominican fathers in 1498.
A Tuscan Renaissance exterior with a Latin cross interior featuring a barrel vault and five chapels per side.
Frescoes by Luigi Garzi, Paolo de Matteis, and Guglielmo Borremans, with a marble portal by Francesco Antonio Picchiatti.
The chapel of St. James houses the relics of the 240 Martyrs of Otranto, transferred there in 1574 by Alfonso II of Aragon.
Video Mariano Cervone
【会心の言葉遊びを放ってしまった男には、ビッグマウスする義務がある✨】
来年(2027年)1月10日(日)に芳林堂書店 高田馬場店さんにメフィスト賞作家さん10人が集結する初の「新年会」のために、主催者の矢野龍王さんから依頼されて、短い原稿を書きました🫢ソウナノ?
きっちり締切まえに仕上げるあたりが、まさにプロフェッショナル😎フフッ✨(ずっと忘れてたくせに🤭ププッ)
その原稿で芸術的な言葉遊び(=超くだらないダジャレ)が炸裂してしまったからには、ビッグマウスせずにはいられないゾ🤔これは義務だね✨
メフィスト賞が大好きなみんな、この原稿を読むためだけに、参加する価値があるかもしれないよ!☝️😠キリッ(👋いや、そんなに価値ないから🤣盛りすぎ😂)
きょうは、いろいろ細かい用事を片づけるので、「新たな壁本(47の館&47人の犯人)」の11番目の事件は、あす10/30の夕方までに完成させるのが目標です🤔計画的キラーン✨
同郷のX友・土居豊さん、「神探偵イエス・キリストの生還 踊る暴君ヘロデ」をお迎えいただき、ありがとうございます!😃ワー✨
楽しんでいただけたら嬉しいでーす!😆キャッ✨
本が届きました。最近よくXで交流させていただいている清涼院流水さんの最新刊! 楽しみに読みます。
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『神探偵イエス・キリストの生還 踊る暴君ヘロデ The Return of God Detective Jesus Christ Herod the Dancing Tyrant』
清涼院流水
seikaisha.co.jp/books/fictio…



























