清涼院流水 Ryusui Seiryoin (@Catholic_Ryusui) header
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作家 Novelist/英訳者 Japanese to English Translator/The BBB編集長 Chief Editor of The BBB/カトリック信徒 Catholic/

東京都品川区 Shinagawa, Tokyo
Joined December 2025
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【急に衝撃の発表をします!!🫢エッ!?】 lilyさん(高知県の犯人✨)のポストのおかげで気づきました😅 版元さんが、すでに予告しちゃっているので、言ってしまっても良いでしょう😅 流水が現在執筆中の「新たな壁本」は、実は、「館ミステリ」です🫢エエーッ!? 各都道府県にひとつずつ、それぞれ趣向を凝らした館が登場します🫢ソウナノ? 前代未聞!! 「47の館」と「47人の犯人」を描くミステリです!🫢ワー💦 某作品のように、ワントリックではありません😌 それぞれ独立した、すべて別のトリックを使用した事件でありながら、最後にすべてを統合します😎フフッ✨ そんなこと、人間にできるの?🫢💦 もしできる人がいるなら、地球上に彼しかいないでしよう😁ヘヘッ✨
#KukuriNezi 入場特典冊子の表4の広告に「新たな壁本」(清涼院流水)が!マイナビ出版から出るって、既に情報公開されてましたっけ?私が情弱で知らなかっただけ?
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【会心の言葉遊びを放ってしまった男には、ビッグマウスする義務がある✨】 来年(2027年)1月10日(日)に芳林堂書店 高田馬場店さんにメフィスト賞作家さん10人が集結する初の「新年会」のために、主催者の矢野龍王さんから依頼されて、短い原稿を書きました🫢ソウナノ? きっちり締切まえに仕上げるあたりが、まさにプロフェッショナル😎フフッ✨(ずっと忘れてたくせに🤭ププッ) その原稿で芸術的な言葉遊び(=超くだらないダジャレ)が炸裂してしまったからには、ビッグマウスせずにはいられないゾ🤔これは義務だね✨ メフィスト賞が大好きなみんな、この原稿を読むためだけに、参加する価値があるかもしれないよ!☝️😠キリッ(👋いや、そんなに価値ないから🤣盛りすぎ😂) きょうは、いろいろ細かい用事を片づけるので、「新たな壁本(47の館&47人の犯人)」の11番目の事件は、あす10/30の夕方までに完成させるのが目標です🤔計画的キラーン✨
🎊🎊🎊メフィスト賞公開新年会2027🎊🎊🎊 10人のメフィスト賞作家による夢の饗宴‼️ 第1⃣部:ニューリーダー➕ニューフェイス🥷 第2⃣部:重鎮🥷 #清涼院流水 #蘇部健一 #高田崇史 #北山猛邦 #矢野龍王 #深水黎一郎 #柾木政宗 #須藤古都離 #金子玲介 #稲葉大樹
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ワー🫢✨超なつかしい!! クリフトさんがポストしてくださった、京都市西部の松尾大社のお写真!😃✨ 「コズミック」の終盤では、九十九十九と犬神夜叉が、ここを訪れるのです😌✨ 30年まえの執筆時、流水も取材でここを訪れましたよ!😉👍✨
【京都ぶらり旅・①】 松尾大社。嵐山まで徒歩圏内🚶 『コズミック』を読了してから、ひそかに行きたいなと思っていた。 鳥居の榊は、枯れに枯れていた。この榊の存在は『コズミック』を読んで知った。 お庭に入るのは有料(500円)。 ここで最後のタネ明かしが……と想像すると、尚更感慨深かった。
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同郷のX友・土居豊さん、「神探偵イエス・キリストの生還 踊る暴君ヘロデ」をお迎えいただき、ありがとうございます!😃ワー✨ 楽しんでいただけたら嬉しいでーす!😆キャッ✨
本が届きました。最近よくXで交流させていただいている清涼院流水さんの最新刊! 楽しみに読みます。 ↓ ※ 『神探偵イエス・キリストの生還 踊る暴君ヘロデ The Return of God Detective Jesus Christ Herod the Dancing Tyrant』 清涼院流水 seikaisha.co.jp/books/fictio…
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さくら✿さん、「神探偵イエス・キリストの生還 踊る暴君ヘロデ」を読了してくださり、ありがとうございます!😆ワーイ✨ シリーズ既刊2冊も読んでくださっているさくら✿さんから「過去一びっくりしたかも」とのお言葉をいただけて🫢素敵すぎぃ✨、とっても嬉しいでーす!🙌🤣ヤター✨
神探偵イエス・キリストの生還 踊る暴君ヘロデ 清涼院流水 読了 独特な神探偵の話し方がとても好きなこちら、新刊を読み終えました。 一応ミッション系の学校を卒業している為、〇〇による福音書の〇〇が複数あるのも知ってるんで、そこにその人出てくるのね、しかもそれなの!?と驚きつつ→
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Comforting Mother, hold my restless heart in your hands and bring me your Son’s perfect peace.
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教会の花壇に咲いた純白の薔薇。教皇の服を連想させることから、「ヨハネ・パウロ2世」と名付けられた品種です😇
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I Accep the gift of Holy Rosary given by mother Mary.
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“Never be afraid of loving the Blessed Virgin too much. You can never love her more than Jesus did.” St. Maximillian Kolbe 🕊️
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「めん鳥が雛を羽の下に集めるように、私はお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。」(ルカ13) 危険なとき、めんどりは、膨らませた羽の中に子どもたちを集めます。私たちも、神さまの愛のぬくもりの中に、集まることができますように。片柳神父
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【#東方の3おじさん 語録】「視聴者のみなさまからのご質問を待つだけだと受動的なので、3おじさんが順番にトークテーマを決めて話す、というのも面白いんじゃないかと思いました。おふたりと話したい話題は、いくつもありますので」――カトおじ流水(第21回放送より) youtube.com/watch?v=8P_LB3Gp…
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【日本文学の革命家・村上龍先生から清涼院流水が受けた絶大すぎる影響(第6回)】 小説家としての村上龍先生のみを愛していた読者の方は、あまりご興味のない活動領域かもしれませんが、流水が個人的に龍先生の活動の柱のひとつだとずっと思っていたのは、JMM(Japan Mail Media)です。 JMMというのは、龍先生が1999年3月に配信を開始されたメールマガジンで、日本経済の停滞や金融不安が深刻な問題となり始めていた時期に、経済・金融の専門家たちの知見を、インターネットを通じて読者に直接届ける試みでした。 1999年といえば、インターネットやメールをまだ利用していない作家さんや編集者さんも多かった時代で、そのころに、経済について真剣に考えるメールマガジンを龍先生が始められたのは、あまりにも時代を先取りしすぎていたので、当時その意味を正確に理解できていた方は、特に小説ファンの中では極めて少数だったはずです。 実際、そうした活動を「迷走」と揶揄している文芸評論家のコメントを見たことも、一度や二度ではありません。 JMMのコンテンツは、1999年から2001年にかけて、NHK出版さんから全13巻のシリーズとして出版されました。 流水はJMMのメールマガジンに初期から登録していましたし、書籍版もすべて愛読し、たいへん勉強になりました。 JMMには各界のトップランナーが寄稿されていましたので、そのプラットフォームで龍先生が得られた知見は非常に広範囲に及び、それなくして、龍先生のライフワークであるテレビ番組「カンブリア宮殿」や、21世紀に発表された龍先生の小説作品を真の意味で理解することはできません。 龍先生をリスペクトされている小説家の先生方は無数にいらっしゃいますが、龍先生のビジネス方面のご活躍も好きで追い続けていたという小説家の方は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか。 ですが、龍先生のそのビジネス要素こそ、流水が龍先生に親近感をいだき続けていた最大の理由のひとつです。 流水の母は、結婚まえはファッション・デザイナーとして第一線で活躍して内閣総理大臣賞を受賞し、あらゆるジャンルでの創作を(高齢のいまも)続けているマルチ・クリエイターですが、公認会計士だった亡き父は小説は1冊も読まない代わりに、ビジネス書は山ほど読んでいました。 そんな父の影響もあり、一時期の流水は小説の10倍以上はビジネス書を読んでいました。 その知識を総動員して書いた「成功学キャラ教授」は、ビジネス書のランキングで歴史上のすべての成功本の中でナポレオン・ヒルに次ぐ総合2位に選ばれたことがあり、そのおかげでビジネス書業界の方たちから信頼され、親しく交流させていただけるようになりました。 小説とビジネス書の両方のジャンルで著作があり、どちらも高く評価された方というのは、龍先生や流水のほかにもいらっしゃいますが、せいぜい片手の指で数えられるぐらいでしょう。 小説とビジネス書というのは本来は水と油のまったく相容れないジャンルで、その両方を同じようにこなせる作家というのは、特殊な出自がない限り、ありえません。 だからこそ、ほとんど先輩のいらっしゃらないその道の先を歩いてくださっている龍先生は、流水にとってベンチマークと言える、もっとも意識すべき存在だったのです。 とはいえ、龍先生はビジネス書を出されるだけではなく、「カンブリア宮殿」という最高のプラットホームを得られたことで、ガチでそっち系(ビジネス畑)の方になられてしまったので、同じ道を行くと自認していた流水でも、それに倣うのが難しい面はありました。 人気テレビ番組「カンブリア宮殿」のMCを龍先生が20年も務められたのは、ご本人の能力の高さに加えて、日本人のだれもが知る「村上龍先生」というブランド・イメージに保護されていたことは、決して無関係ではありません。 相手が龍先生だからこそ、日本を代表するビジネス・パーソンの方たちも胸襟(きょうきん)を開いて本音でトークすることができたのです。 20世紀末から21世紀初頭にかけて、龍先生の作風には大きな変化が生じ、それは、より高い次元での成熟となりました。 ですが、それを文芸のフィールドだけで論じることには無理があることを、流水は、よく承知しています。 なぜなら、龍先生の小説における新境地の数々を支えていたのは、実は、JMMや「カンブリア宮殿」をプラットフォームとするビジネス関連の活動だったからです。 そこで得られた多くの知見こそが、実は、龍先生の小説家としての大きな進化に貢献していたのです。 流水の過去メールを検索すると、JMMの通常のメール配信は2021年5月20日が最後で、その後は、遺作となった長編「ユーチューバー」の発売を告知するメールが2023年4月4日にあっただけで、なんだか寂しい気持ちになりました。 村上龍先生という偉大な「小説家」の最後の四半世紀を水面化で支えていたのが、JMMというビジネス系のメールメディアであったことは、おそらくほとんどだれにも注目されないことだと思いますので、あえて、この機会に強調させていただきました。 余談ですが、流水が英訳プロジェクト「The BBB」を運営する際、方向性は違いますが、龍先生が運営されていたJMMをいつも意識していることも、事実として、ここに書いておきたいと思います。
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【きょうの新約聖句: Day 310】 では、どうなのですか。 わたしたちは律法(りっぽう)のもとにあるのではなく、恵(めぐ)みのもとにあるのだから、罪(つみ)を犯(おか)そうということになるのでしょうか。 決(けっ)してそうではありません。 あなた方(がた)は知らないのですか、服従(ふくじゅう)するために自分を奴隷(どれい)としてささげるなら、その服従するものの奴隷となる、すなわち、死に至(いた)る罪の奴隷となるか、あるいは、救(すく)いの義(ぎ)に至る従順(じゅうじゅん)の奴隷となるか、どちらかです。 しかし、神に感謝します。 あなた方(がた)は、かつて罪の奴隷でじたが、規範(きはん)としての教えに委(ゆだ)ねられ、それに心から従(したが)う者となり、罪から解放され、救いの義の奴隷とされました。 このことは、あなた方(がた)の人間としての弱さの故(ゆえ)に理解し難(がた)いことですから、わたしは人間的な言い方(かた)をしているのです。 あなた方(がた)はかつて自分の五体(ごたい)を奴隷として汚(けが)れと不法(ふほう)にささげ、神の法に背(そむ)く者となったと同じように、今(いま)は、自分の五体を奴隷として救いの義にささげ、聖(せい)なるものとなりなさい。 あなた方(がた)は、罪の奴隷であったとき、救いの義に対(たい)しては自由の身(み)でした。 今(いま)あなたが恥(は)じているような振(ふ)る舞(ま)いから、その時(とき)、どんな実(みの)りを得(え)ましたか。 そのような振る舞いの行き着く先は死なのです。 しかし、今や、罪から解放され、神の奴隷となっているあなた方(がた)は、聖なるものとなるための実(みの)りを得ています。 その行き着く先は永遠(えいえん)の命(いのち)です。 罪が支払う報酬(ほうしゅう)は死であり、神の恵(めぐ)みの賜物(たまもの)は、わたしたちの主(しゅ)イエス・キリストとの一致(いっち)による永遠の命なのです。 ローマの人々への手紙 6:15-23 (聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注) [Today’s New Testament Verses: Day 310] What then? Shall we sin because we are not under the law but under grace? Of course not! Do you not know that if you present yourselves to someone as obedient slaves, you are slaves of the one you obey, either of sin, which leads to death, or of obedience, which leads to righteousness? But thanks be to God that, although you were once slaves of sin, you have become obedient from the heart to the pattern of teaching to which you were entrusted. Freed from sin, you have become slaves of righteousness. I am speaking in human terms because of the weakness of your nature. For just as you presented the parts of your bodies as slaves to impurity and to lawlessness for lawlessness, so now present them as slaves to righteousness for sanctification. For when you were slaves of sin, you were free from righteousness. But what profit did you get then from the things of which you are now ashamed? For the end of those things is death. But now that you have been freed from sin and have become slaves of God, the benefit that you have leads to sanctification, and its end is eternal life. For the wages on an as death, but the gift of God is eternal life in Christ Jesus our Lord. The Letter to the Romans 6:15-23 (New American Bible Revised Edition)
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【流水コメント】 パウロはここで、主人に絶対服従(ふくじゅう)する奴隷(どれい)を、たとえに用(もち)いています。 イエス・キリストが十字架につけられ全人類の罪(つみ)を贖(あがな)ったことで、イエスを信(しん)じる者たちは罪の支配から解放されました。 ですが、だからと言って、なんでも好き勝手に自由にして良い、ということではありません。 罪の奴隷だった境遇(きょうぐう)から解放された者は、こんどは神の義(ぎ=正しいこと)の奴隷になったのだとパウロは言います。 罪の奴隷の行き着く先は死だが、神の義の奴隷となった者には永遠のいのちが約束されていることを、この手紙を読む人たちにパウロは思い起こさせています。 [Ryusui’s Commentary] Here, Paul uses the example of a slave who is in absolute submission to his master. Through Jesus Christ’s crucifixion and His atonement for the sins of all humanity, those who believe in Him have been set free from the dominion of sin. However, this does not mean that one is now free to do whatever one pleases. Paul explains that those who have been liberated from their former state—as slaves to sin—have instead become slaves to God’s righteousness. He reminds his readers that while the path of a slave to sin leads to death, those who have become slaves to God’s righteousness are promised eternal life.
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【きょうの旧約聖句: Day 310】 さて、一人がもう一方(いっぽう)に言った、「さあ、家に帰ろう。昼食(ちゅうしょく)の時間だ」。 二人は出ていき、互(たが)いに別(わか)れた。 ところが、それぞれ戻(もど)ってきて、ばったり出会ってしまった。 それで互いに理由を詰問(きつもん)し、自分たちの思いを白状(はくじょう)した。 この時(とき)から二人は一緒(いっしょ)になって、彼女が一人でいる時を狙(ねら)おうと決めた。 こうして彼らが機会を狙(ねら)っていると、いつもと同じようにスザンナが二人の侍女(じじょ)だけを連(つ)れて、庭(にわ)に入っていった。 その日は非常に暑(あつ)かったので水浴(みずあ)びをしようとした。 そこには、隠(かく)れて彼女をじっと盗(ぬす)み見ていた二人の長老のほかには誰(だれ)もいなかった。 彼女は侍女(じじょ)たちに言った、「さあ、オリーブ油(ゆ)と香油(こうゆ)を取って来ておくれ。水浴びをしますから、庭園(ていえん)の門は閉めておくれ」。 侍女たちはスザンナに言われたとおり庭園の門を閉め、命(めい)じられたものを取って来ようと、脇(わき)の戸口から出ていった。 しかし、隠れていた長老たちには気づかなかった。 侍女たちが出ていくと、二人の長老は立ち上がり、スザンナの所(ところ)に走り寄って、言った、 「ご覧(らん)、庭園の門は閉まっている。  誰(だれ)もわれわれを見ていない。  われわれはあなたが欲(ほ)しいのだ。  言うことを聞いて身(み)を任(まか)せてくれ。  さもなければ、あなたは若い男と一緒(いっしょ)だったので、侍女たちを去(さ)らせたのだ、と証言するぞ」。 スザンナは嘆(なげ)いて言った、 「わたしには逃(に)げ場(ば)がありません。  あなた方(がた)の言うとおりにすれば、わたしは死ぬしかありません。  もし従(したが)わなければ、今度はあなた方(がた)の手から逃(のが)れることができません。  そんなことをして主(しゅ)の前に罪(つみ)を犯(おか)すよりは、あなた方(がた)の手中(しゅちゅう)に陥(おちい)るほうがましです」。 そして彼女は大声で助けを呼んだ。 すると、二人の長老も彼女に対抗して叫(さけ)び立て、一人が走っていって、庭園の門を開け放(はな)った。 庭園の叫び声を聞きつけて、家の者たちが彼女の身に何事(なにごと)が起こったのかと、脇の戸口(とぐち)から駆(か)け込んで来た。 長老たちが自分たちの言い分(ぶん)を話したとき、僕(しもべ)たちは非常に恥(は)ずかしく思った。 スザンナについてこのようなことを言われたことは一度もなかったからである。 ダニエル書 13:13-27 (聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注) [Today’s Old Testament Verses: Day 310] One day they said to each other, "Let us be off for home, it is time for the noon meal." So they went their separate ways. But both turned back and arrived at the same spot. When they asked each other the reason, they admitted their lust, and then they agreed to look for an occasion when they could find her alone. One day, while they were waiting for the right moment, she entered as usual, with two maids only, wanting to bathe in the garden, for the weather was warm. Nobody else was there except the two elders, who had hidden themselves and were watching her. "Bring me oil and soap," she said to the maids, and shut the garden gates while I bathe." They did as she said; they shut the garden gates and left by the side gate to fetch what she had ordered, unaware that the elders were hidden inside. As soon as the maids had left, the two old men got up and ran to her. "Look," they said, "the garden doors are shut, no one can see us, and we want you. So give in to our desire, and lie with us. If you refuse, we will testify against you that a young man was here with you and that is why you sent your maids away." “I am completely trapped,” Susanna groaned. "If I yield, it will be my death; if refuse, I cannot escape your power. Yet it is better for me not to do it and to fall into your power than to sin before the Lord." Then Susanna screamed, and the two old men also shouted at her, as one of them ran to open the garden gates. When the people in the house heard the cries from the garden, they rushed in by the side gate to see what had happened to her. At the accusations of the old men, the servants felt very much ashamed, for never had any such thing been said about Susanna. The Book of Daniel 13:13-27 (New American Bible Revised Edition)
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【流水コメント】 美しい人妻(ひとづま)スザンナに欲情(よくじょう)をいだく長老ふたりは、自分たちの感情をおさえられずに、卑劣(ひれつ)な行動に出ます。 スザンナの侍女(じじょ)が席(せき)をはずした隙(すき)に、物陰(ものかげ)から出て、関係を迫(せま)ったのです。 しかも、「断(ことわ)れば、若い男といっしょだったと言いふらすぞ」と脅(おど)すあたりが、さらに姑息(こそく)です。 物語(ものがたり)として読むと、こうした罪(つみ)びとたちの悪さが際立(きわだ)ちますが、現代社会でも似たような事件のニュースをよく目にするので、人類のすることは昔(むかし)からなにも変わっていない、ということでしょう。 この事件が特に悪質なのは、社会的な立場のある長老ふたりが、くち裏(うら)を合わせて、立場の弱いスザンナの抵抗を封(ふう)じようとしている点です。 スザンナが助けを求めて叫(さけ)ぶと、二人の長老も騒ぎ立てました。 この続きは、あす、ご紹介します。 [Ryusui’s Commentary] Two elders, overcome with lust for a beautiful married woman named Susanna, find themselves unable to control their desires and resort to despicable behavior. Seizing a moment when Susanna’s handmaid has stepped away, they emerge from the shadows to demand sexual favors. What makes their conduct even more underhanded is their threat: "If you refuse, we will spread the word that you were with a young man." While this may read like a story, the fact that we frequently encounter news of similar incidents in modern society suggests that human behavior has remained unchanged throughout the ages. What makes this particular incident especially malicious is that these two elders—men of high social standing—conspire to silence Susanna, who is in a far more vulnerable position, and suppress any resistance she might offer. When Susanna cries out for help, the two elders raise a clamor of their own. I will share the rest of the story tomorrow.
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藤崎竜さんが、10年の歳月をかけて描き切った「銀英伝」の世界がデジタル画集に! ぜひご覧下さいませ。
【#ジャンプデジタル画集『#デジガ』新情報!】 デジガ『藤崎 竜 Art Works 銀河英雄伝説』が 11月10日(火)より各電子書店にて配信開始! #田中芳樹 先生の『銀河英雄伝説』を #藤崎竜 先生が漫画で描いた名作がデジタル画集に! デジガ特典としてキャラクター設定資料や未公開イラストを収録!
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【きょうのポテトヘッドさん】 「きょうの旧約/新約聖句」のご感想、毎日ありがとうございます🙇‍♂️ 「恵みのもとにある」は、「いつでも神様の恵みに包まれている」ということです🤭こんなにも頼もしい保証は、なかなかないですね👏😃ワー✨ どの時代にも、あやまちを犯す人はいますね😓決して他人ごとではなく、だれでも罪を犯す可能性はあるので、気をつけたいですね🙏🥺
きょうの新約聖句、あなた方は律法のもとにあるのではなく、恵みのもとにあるのです。きょうの旧約聖句: Day 211に、わたしは、彼らと永遠の契約を結ぶ。その契約の故にわたしは彼らに恵みを与えることをやめない、とある。パウロはこのことを言っているのかな。パウロは恵みを与えられ続けているな。
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きょうの旧約聖句、彼らは理性を失い、目を背けて、天を仰ぎ見ることもせず、正しい裁きを忘れてしまった。裁判官の長老たち二人から不法行為が出たと主が語られていたが、いつの時代も過ちを犯す人がいることを教えてくれる内容だ。過ちを犯していいのではなく、悔い改めるのが大事なんだよな。
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きょうの新約聖句、あなた方は律法のもとにあるのではなく、恵みのもとにあるのです。きょうの旧約聖句: Day 211に、わたしは、彼らと永遠の契約を結ぶ。その契約の故にわたしは彼らに恵みを与えることをやめない、とある。パウロはこのことを言っているのかな。パウロは恵みを与えられ続けているな。
【きょうの新約聖句: Day 309】 わたしたちの内(うち)なる古(ふる)い人間がキリストとともに十字架につけられたのは、罪(つみ)に縛(しば)られた体(からだ)が滅(ほろ)ぼされて、もはや罪に仕(つか)える奴隷(どれい)でなくなるためであることを、わたしたちはよく知っています。 死んだ者(もの)は罪から解放(かいほう)されているのです。 キリストとともに死んだのなら、また、キリストとともに生きることにもなるとわたしたちは信(しん)じます。 死者のうちから復活させられたキリストは、もはや死ぬことがないと、わたしたちは知っています。 死はもはやキリストを支配していません。 キリストが死んだのは、ただ一度、永久(えいきゅう)に罪に対(たい)して死んだのですが、キリストが生きているのは、神に対して生きているのです。 同じように、キリスト・イエスに結(むす)ばれてあなた方(がた)も罪に対して死に、神に対して生きている者(もの)であることを弁(わきま)えなさい。 あなた方(がた)の死ぬべき体(からだ)を罪に支配させ、その欲望(よくぼう)に屈服(くっぷく)してはなりません。 また、あなた方(がた)の五体(ごたい)を、罪に仕(つか)える邪(よこしま)なことのための武器にしてはなりません。 かえって、自分自身を死者の中から蘇(よみがえ)えったものとして神にささげ、また五体(ごたい)を救(すく)いの義(ぎ)に役立つ武器として神にささげなさい。 なぜなら、罪があなた方(がた)を支配することはないからです。 あなた方(がた)は律法(りっぽう)のもとにあるのではなく、恵(めぐ)みのもとにあるのです。 ローマの人々への手紙 6:6-14 (聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注) [Today’s New Testament Verses: Day 309] We know that our old self was crucified with him, so that our sinful body might be done away with, that we might no longer be in slavery to sin. For a dead person has been absolved from sin. If, then, we have died with Christ, we believe that we shall also live with him. We know that Christ, raised from the dead, dies no more; death no longer has power over him. As to his death, he died to sin once and for all; as to his life, he lives for God. Consequently, you too must think of yourselves as being dead to sin and living for God in Christ Jesus. Therefore, sin must not reign over your mortal bodies so that you obey their desires. And do not present the parts of your bodies to sin as weapons for wickedness, but present yourselves to God as raised from the dead to life and the parts of your bodies to God as weapons for righteousness. For sin is not to have any power over you, since you are not under the law but under grace. The Letter to the Romans 6:6-14 (New American Bible Revised Edition)
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L'Italia è anche questo: UN PAESE DI SANTI
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