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「科学(哲学も含めて)もまた民主主義のもとで、初めて自由に発展することができる。だから、科学者は民主主義者とならねばならない。(…)科学者は、その研究分野において反民主主義的世界観と闘うと共に、大衆の啓蒙、特に民主主義的啓蒙に努めなければならない。」(哲学者・永田廣志の遺稿より)
伊勢省吾 retweeted
Replying to @berlinerzeitung
Die gibt es seit 2014 im ganzen Land. Als die Menschen aus dem Donbass davon berichteten.
War das angeblich Russische Propaganda.
伊勢省吾 retweeted
Angehörige belagern bei Kiew ein Asow-Haus, in dem Mobilisierte festgehalten wurden. Regierung macht klar: Solche Orte gibt es im ganzen Land. berliner-zeitung.de/article/…
伊勢省吾 retweeted
This is what newspapers were still allowed to publish in 2016.
thetimes.com/world/article/k…
伊勢省吾 retweeted
Replying to @futastu72098
軍事的にはそうかも
でも俺がコメントした「鮫島さん」化とは、嘗ては正義の代名詞、悪の代名詞としてウクライナとロシアを引用していたある層が、戦後すっかりその善悪二元論を手放して、過去の戦争について都合よく忘却して無関係を装う
というイメージで語ってます🙄
某しんぶんに、「ウクライナの『ウク』は『浮く』だから勝つ!プーチンの『チン』は『沈』だから負ける!」という、何処かのおじさんの発言を紹介している記事があって、絶望感に打ちひしがれたものです。
Replying to @MercyfortheLLP
ウクライナは勝つ、それは勝つべきだから、とか、ロシアの文化は許さないとか、ウクライナを応援しない人は親露派(つまり非国民)とか、ウクライナ応援団のメンタリティは驚くほど戦前の日本に似ている。
伊勢省吾 retweeted
日本の大学教員は、その多くが博士号を持ち高度な専門知識を備えている。しかし、一部私大を除けば、年収1,000万円は夢のまた夢。しかも、研究費が不足すると、書籍やパソコンの購入費、学会出張費などを自腹で負担することも珍しくない。それでも、こうした状況を長年受け入れてきた背景には、研究への情熱を優先し、待遇にはあまり頓着しないという、研究者特有の職業観があったのかもしれない。大学側にも「この待遇でも公募には多くの応募者が集まるのだから、何とかなる」という認識があったのでは。
しかし、大学教員も一人の生活者。家族を養い、将来の暮らしを考えなければならない。「お金のために研究しているわけではない」という言葉だけでは、もはや現実を乗り切れない。こうした教員の姿を間近で見る学部生や大学院生が、博士課程への進学や研究職への道をためらうのも無理はない。研究者を志す若者が増えにくい背景には、こうした待遇面の問題もあるように思う。
研究に打ち込むやりがいと、家族と安心して暮らせる日常の生活。この二つが十分に両立できないのであれば、それは個々の研究者の覚悟や努力の問題ではなく、大学教員という職業を支える制度そのものの疲弊の兆候ではないだろうか。
Свидетель (2023) - Трейлер youtu.be/NdQli9I-NTM?si=GtOP… @YouTubeより
RT: やはり、2023年に『福田村事件』と同時期に公開されたロシア映画『目撃者』は、たんなるプロパガンダではありませんでした。
伊勢省吾 retweeted
🇺🇦 Remember the face of this 14-year-old pulled out of an Azov torture chamber near Kiev, because Western media will make sure you never see it.
伊勢省吾 retweeted
NATO拡大が戦争原因であるか否かは、高度に感情的な問題であるらしく、4年以上にわたり、SNS上の喧嘩の燃料になっている。学者としては興味深い現象。学部1年の授業で扱うはずのK・ウォルツ/D・シンガーの「分析レベル」を基本をあてはめれば、プーチンの思想(人間レベル)が戦争原因であるという主張は、NATO拡大(国際システムレベル)が戦争原因でありうるという見解に全く影響しない。国際政治学者の方々は、学部生のテスト問題のネタとしては、ウォルツらを教えているはずなのだが、それを現実のロシア・ウクライナ戦争に当てはめた途端、目を血走らせて「NATO拡大が戦争原因になりうるとか言っている者は親露派だ!社会的に抹殺せよ!」の犬笛号令を出したりし始めるから、厄介だよ。検証は、後世の歴史家に任せるしかないのか。
伊勢省吾 retweeted
> 🇮🇱モサドのトップが、イスラエルがイランの抗議運動の背後にいたことをついに認めた
🤡 やはりね。
JUST IN: 🇮🇱 🇮🇷 The head of Mossad just admitted that Israel was behind the protests in Iran.
Told you so. Mossad was literally posting online during the protests that they were in the field.
The U.S. also admitted that the currency collapse that preceded the protests was intentionally done by them.
Almost everything mainstream media and politicians tell you about Iran is a lie.
伊勢省吾 retweeted
学者という職業に、かつては「知的な冒険に人生を賭ける」という意味があったのに、いまは「選抜を勝ち抜き、安定した地位を得る」という意味しかなくなっている。
採用されるまでに、業績を計画的に積み、周囲の評価を読み、対立を避けることが求められるなら、知的な冒険よりも、組織への適応に長けた人が残りやすくなる。後者の人生を望んで研究を始めても、前者の生き方を身につけなければ職業として続けられない。
もちろん、昔の学者すべてが冒険者だったとは言えないが、学者になるための振る舞いが、学者として本来やりたかったことを削ってしまう時代にいつのまにかなっていた、ということは事実だろう。
いい大学を出て、誰もが憧れる会社に入り、順調に出世を遂げ、素敵な配偶者(や子ども)に恵まれ、35年ローンで都心のタワマンを購入し、値の張る車を乗り回し、かつての同級生やご近所さんから羨ましがられる人がいる。
こうした一見、恵まれている人から「深い悩み」を何度も相談されてきた。
それなりに豊かな生活が手に入り、仕事にも慣れ、そこそこ評価される。すると、失敗するかもしれない、しかし魂が震える冒険をわざわざ行う理由がなくなる。
少しずつ退屈になり、十数年~数十年先までの未来がハッキリと目に浮かび、絶望したり、愕然とすることもあるけど、さりとて今の安定は手放せず、惰性の日々が続く。
当座の居心地の良さと、日々、小さく自尊感情や挑戦心が削られ続ける不快さの同居する心象風景は、外からは伺い知れないから厄介。
「Goodな人生」ではあるかもしれないが、魂を燃やし尽くしているという充足感を感じる「Greatな人生」とは対極にあるのかもしれない。
私は前者の人生を歩まなかった(否、歩めなかった)けれども、その結果、後者の人生を選択できたことについて一片の悔いもない。
伊勢省吾 retweeted
ハッピーハロウィン🎃
この度うちの「真珠の耳飾りのマグロ」が、オランダ王国大使館主催のアートコンテストで、まさかの優秀賞をいただきました▼
timeout.jp/tokyo/ja/things-t…

















