本当にこの通り。一緒にいて楽しいだけ、旅行や即レス、ワンコみたいな甘い言葉だけで、溺愛されてる風に喜ばせてくれる男はいくらでもいるので、それだけでは何も誠実な証明にならない。
「私」には優しくても、仕事では責任から逃げる癖がある、彼女の成功を喜べない、同棲はしたいけど結婚の期限や責任は示さない。
好きな女性を喜ばせることと、誠実な人間であることは別物。その人が元々持っている倫理観や責任感、人間の本質は、どれだけ私を求めてくれてるか?より、もっと自然で静かな日常の中に見極めポイントが潜んでる。
「一緒にいて楽しい」というのは、何の人間性の証明にもなりません。
そして、「自分のことを求めてくれている」というのも、相手がまともな人間である証拠にはなりません。
なぜなら、それだけでは相手が誠実なのか、信用できる人間なのか、何一つわからないからです。
世の中には、女性を楽しませることが得意な男性もいれば、女性がかけてほしい言葉を的確に理解して言う男性もいます。
女性の扱いに慣れていて、どうすれば喜ぶのか、どうすれば自分に好意を持つのかを熟知している男性だっているんですよね。
でも、女性を喜ばせる能力と、女性を大切にする能力はまったく別物です。
どれだけ楽しい時間を過ごせても、都合が悪くなったら逃げる男性もいます。
どれだけ甘い言葉をかけてくれても、平気で嘘をつく男性もいます。
どれだけ熱烈に求めてくれても、自分の欲求が満たされた途端に冷たくなる男性もいます。
つまり、あなたを楽しませてくれることと、あなたに対して誠実であることは、何の関係もないんです。
そもそも、人間性が問われるのは、何も問題が起こっていないときではありません。
・自分の思い通りにならなかったとき
・相手に迷惑をかけてしまったとき
・自分にとって不都合な現実を突きつけられたとき
こういう場面で、相手がどんな態度を取るのか。
そこで初めて、その人の誠実さや責任感、他者への思いやりが見えてくるんですよね。
とくに見てほしいのは、自分にとって都合が悪いときでも、あなたを一人の人間として尊重できるかどうかです。
楽しいときだけ優しい男性なら、いくらでもいます。
でも、面倒なことや都合の悪いことから逃げず、ちゃんと向き合えるかは別の話です。
「一緒にいて楽しい男性」と「一緒にいて幸せになれる男性」は、必ずしも同じではありません。
本当に見極めなければいけないのは、どれだけ自分を喜ばせてくれるかではなく、どれだけ誠実に向き合ってくれるかなんですよね。
「私は初回デートで奢られなかったことなんてない。女には若さと可愛さという価値があるんだから、競争に勝ちたければ男は奢れ」
と言って、男性相手に延々と長文リプでバトルしている女性が、よくよく見ると「私は夫と生活費折半で、ペアローンです。初回デート以外は割り勘です」と話しているのが不思議。
交際中から結婚後まで、生活にかかわる費用をずっと男性が負担してくれている女性ほど、こういう奢り・割り勘論争で熱いリプ合戦をしない気が。
男性がお金を出してくれることが当たり前の関係にいる女性は、それをわざわざ自分の若さや可愛さ、「女性としての価値」と結びつけて語らないというか。
男性に「女性には価値があるのだから奢るべき」と説得する必要を感じていないのだと思う。
東京のおばさんは基本的に見知らぬ女性も、上京してきた人間も保護して助ける。ただ沿線とエリアによって属性が微妙に違う。新興住宅ではなく年寄りがいる場所がいい。
電車で若い子がふらついたら自分も降りて水買ってきてお金は受け取らない、自転車でコケたら数人集まって助けて病院まで一緒に連れてくし、
新入社員が営業してたら「寒いから家に入りなさい、紅茶とケーキでも食べましょ」「あなたがんばってるから契約するわ(数千万)」「銀座ランチして美術館行きましょう」
大家のおばさんは上京してきた大学生男子達を自宅に呼んでご飯食べさせてるし、母は私の家庭教師という名目で、親の借金に苦しんでる優秀な大学生を自宅に来させ、メロンだ肉だと食べさせて、帰りに缶詰たくさん持たせて、高額な月謝を払ってた。(私は簡単なドリル数ページやって終わり)
言葉遣いが丁寧で最低限の挨拶があれば助ける。










