Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425) header
Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425) profile picture

ネパール在住(時々インド)写真家・エッセイスト・ビデオグラファー/現地の言葉が使えるからこそ撮れる写真を目指しています。/ネパール・インドのストリートを映画のワンシーンのように/現地テレビ撮影等々…お仕事はのご依頼はDMまで

Nepal
Joined January 2010
Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)Photo by Yusuke Furuya ネパール写真家 (@chof425)
10年前、大学時代に初めてネパールの孤児院に行きました。そこにはディネス君という15歳の子どもがいました。 2週間の滞在だったのだけど、ディネスは本当に自分にとても懐いてくれ、別れの時に僕の気付かないところでカバンの奥に「Don’t forget me」と書いたお金をそっといれていくれていたんです。
8
629
24
2,049
ネパールの小さな村で闘牛が行われると聞き、足を運んだ。 空き地に集まった人々が、二頭の牡牛がぶつかり合う様子を黙って見つめている。歓声もなく、ただ静かにその場を共有している。 「勝ったら何かあるんですか?」と聞くと、「特に何もないよ」と返ってきた。その言葉に戸惑いながらも、不思議とその場に引き込まれていた。 牛が去り、人々が散っていく様子を見ながら、なぜこの行事が続いているのか考えたが、答えは出なかった。ただ、「何か」がそこにあることだけは感じられた。 勝敗でも栄光でもない、その曖昧な「何か」。村人たちは、それを求めてここに集まっているのだろう。「何か」の答えは出ない、悔しいけど分からない。 だから動画も中途半端のまま終わらせた。 分かったらまたカメラを回したい。
3
44
3,203
ヌワコット村での闘牛。
1
21
1,205
ネパールに戻って来たんですが、インドがもう懐かしいですね。ネパールは静かです。
1
2
49
2,547
インドでカメラを持って歩くと、「写真撮って!」っと頼まれることがよくあります。 特に子供たちはカメラを見つけるや否やお祭り騒ぎ。 最初はノリで数枚撮ってあげるけど、そこから際限がなくなるんです。 「もう終わり!もう終わり!」って切り上げると 元気いっぱいで目立ってた子たちは満足して帰っていく。 でもその後ろに隠れてた子たちが、恥ずかしそうに近づいてきて「写真撮ってくれる?」って言うんです。 自分も昔はこういうタイプの子だったから、その気持ちがよくわかる。 だからついつい「いいよ!」ってまた撮ることになる。 ・ ・ ・ こんな光景はインドでもネパールでもよく見られるけど 日本人がそれを見て「自己肯定感が高いね!」ってまとめちゃうことがある。 でも、カメラを持って現地で暮らしている自分からすると、それだけじゃない気がするんです。 調べてみると、ある人類学者が 「写真を撮ることはお互いの視線を合わせる行為の代わりだ」って言ってたんです。 なるほど、これだ!って思いました。 インドやネパールには「出会った人とは親しくするべき」という文化がある。 彼らにとって、カメラのレンズは相手の瞳みたいなもの。 つまり「写真を撮る=視線を合わせて親しくなる」ってことなんです。 ・ ・ ・ そう考えると写真を撮ることって、単にカメラに収めるだけじゃなくて人との絆を深めるための行動なんだなって気づきます。 いい写真を撮るためにも、もっと彼らの言葉や歴史、文化を知りたいって思う。 インドさん、これからもあなたともっと仲良くなりたいです。 そしてカメラを通して、もっと深い関係を築けたらいいなって思います。
2
2
27
1,885
インドは音で生きている。 深夜でクラクションが止む気配もなく、祈りの声や人々の笑い声がいる。 そんな喧騒の中で、全く音を持たない世界を生きる人々がいる。 彼と出会ったのは、ロータス寺院だった。 人混みをかき分けながら進んでいると、肩を軽く叩かれた。振り向くと、インド人の男性が立っていて、人差し指で耳を触り、その次に唇に当てた。 手話だ。 “私は耳が聞こえません。” その動作の意味が分かった僕は、手話で答えた。 “あなたは耳が聞こえないんですね?僕は手話がわかりますよ。” その瞬間、彼の目がぱっと見開かれた。 なぜ僕に話しかけたのかはわからない。 けれど彼は僕を選んで話しかけてきた。 ・ ・ ・ 家に帰って調べてみたら、インドには2000万人ほどのろう者がいるらしい。 ネパールの人口ほどの数に驚いた。 彼らは聞こえないだけで、できないわけじゃない。むしろ、聞こえないことを特技に変えているのがインドの人々だ。 デリーには、ろう者だけが働くレストランがある。 予約が必須で、30分待ちの行列ができる人気店だ。中に入ると、ファンシーでおしゃれな空間が広がっていた。 お客さんたちは単に”ろう者を支援したい”という気持ちで来ているわけではない。彼らはそのレストランを普通に楽しんでいる。 メニューの注文は紙に書いて渡すだけ。 ボタンを押せば、店員が静かにやって来る。 でも、その静けさの中の方がレストランで効率的なのだ。 スタッフ同士は手話で会話していて、私たちには音は一切聞こえない。 どんなに離れていても手話で指示を出し合い、瞬時にオーダーをさばいていく。 ・ ・ ・ 店の入り口にはこんな看板がある。 We are deaf and mute, AND we love having conversations. “私たちは耳が聞こえない、そして会話が好きです。” 重要なのは、”AND”の強調だ。 “耳が聞こえないけど、会話が好きです”と書いてしまうと、聞こえないことがネガティブな意味に取られてしまう。そうじゃない。 聞こえないことは彼らにとってポジティブな特性なのだ。 今年は東京でデフリンピックが開催される。日本でももっと、ろう者のことに耳を傾ける人が増えますように。 インドの喧騒の中で音を感じない人たちを思い出しながら、そう願う。
1
3
35
1,171
あけましておめでとうございます。 インドは特に新年を祝うことなく、ただただの日常を過ごしています。 「インドの赤い風船と小さな物語」
24
809
拝啓 インドさん 車窓越しに差し出されたバラの花束。 その赤と白の鮮やかさは一瞬目を奪うが、よく見ると、その美しさが際立つほどに背後にある現実の厳しさが浮き彫りになる。 曇ったガラス越しに見える彼女の表情はどこか遠い。 ・ ・ ・ この花束は、誰かの特別な日に彩りを添えるものかもしれない。 しかし、彼女にとっては日々の糧を得るための唯一の手段だ。贅沢や華やかさの象徴であるバラが、ここでは生存の象徴に変わる。その棘さえも、彼女の懸命さや強さを思わせるものだ。 インドの街角には、こうした光景が溢れている。 混沌とした日常の中で、人々は少しでも何かを掴み取ろうと懸命に手を伸ばしている。そこには悲しみもあるが、同時に不屈の精神とたくましい営みがある。 与えられた環境や選択肢は限られていても、その中で前を向く力は確かに存在する。 ・ ・ ・ バラの棘がその美しさを守るように、人々の困難はその内側にある強さを育てる。 生きるとは、棘を抱えながらも道を探し続けること。 その道は必ずしも平坦ではないが、そこには確かな意志と力がある。
1
14
1,215
生きるための手
10
606
拝啓インドさん 喧騒に満ちた市場や、埃っぽい道端で黙々と荷物を担いで働くその背中は、休みなく仕事をしている勤勉さを表しているかのようだった。 インドでのカフェの店員もさながら日本のように丁寧な接客で、壁に寄りかかっている人など少ない。 僕は長らくネパールで暮らしていて、インドに来てまだ5日しか経っていない。 だからインドの全てを分かっているような口を叩けないのは分かっている。 それでも、インドの方が忙しなく働いている人が多いような気がする。 ネパールでは「この人はどうやって暮らしているのだろう?」と疑問に思うような謎めいた人物に遭遇することが多かったが、インドではその姿が多少であれど異なって感じられる。 ・ ・ ・ 「仕事がないから困っている。」 ネパールでよく耳にする言葉だ。 そうか、それならば仕事を与えよう。そう考えて実際に働く場を用意してみる。だが、現実には働かない人も少なくない。 「仕事がないと言ったじゃないか!」と、思わず怒りたくなるのだが、どうやら「困っている」という言葉の意味が違っていたのかもしれない。 実際に話を聞いてみると、子どもが海外から送金してくれているとか、家を持っていて家賃収入があるとか、困っているといっても「贅沢するにはお金が足りない」程度の話だったりする。 こちらの解釈が間違っていたのだと気づかされる。 この「仕事がないから困っている」という発言は、児童養護施設の卒業生たちにも共通して起こる。 彼らが社会に出て、仕事をしなければ生活に困るだろうと親心で心配し、彼らのために仕事を用意する。 しかし、数日だけ職場に通い、その後は来なくなる。 歩むべき道を作ることはできても、実際にその道を歩くのは本人たちだ。 そして、歩む者の方が偉い。どれほど立派な道を作ったとしても、それを誇るだけでは意味がない。 ・ ・ ・ では、どうすれば彼らは歩み出すのだろうか。 正直、今の私にも答えはない。ただ一つだけ感じるのは、小さい頃に競技スポーツに取り組んでいた子どもたちは、その後の社会においても適応しやすいということだ。 遊びとしてのスポーツではなく、コーチがいて、目標とする大会があり、結果を求められる環境。そんな経験を持つ子どもたちの方が、責任感を持ちやすいのかもしれない。 道を歩む力は、歩きながら育つものだ。 それでも歩まない子どもたちには、どのような景色を見せればいいのか。答えを見つけるために、私もまた歩み続けている。
3
18
2,017
夜のインドの町並み
1
13
773
ヒンディー語の勉強をし始めてみたんだけど、ネパール語よりヒンディー語の方が難しい気がしている。ネパール語には男性名詞女性名詞の区別があるし…だけどヒンディー語は解説動画や勉強のしやすさで言えばネパール語よりも教材が多いので、とんとんなのかな。
3
643
拝啓インドさん 道端の砂ぼこりが舞う中 木の枝で作った即席のバットを手にした少年たちが 満面の笑みを浮かべながらクリケットに熱中していた。 彼らの歓声は、太陽に照らされた古びた建物の間を抜けて、空へと消えていく。 ボール代わりの空のペットボトルが、打たれるたびに不規則に跳ね 子供たちはその行方を追って一斉に駆け出す。「試合」のルールは曖昧で、点数や勝敗よりも、 ただ「遊ぶ」ことそのものが彼らの目的のように見えた。 この光景を目の当たりにしながら、 僕は、インドという国が持つエネルギーや純粋さを垣間見たような気がした。 ・ ・ ・ 大人になるほど「自分の好き」を信じられなくなる 子どもの頃は、好きなものに夢中になることができた。 「これが一番楽しい!」「これが大好き!」と、自信満々に語るその瞬間、周りの反応なんて気にもしなかった。 僕は野球が好きだった。野球をする方ではなく、見る方で、だ。 毎日野球の試合をチェックし、新聞のスポーツ欄を見るのが趣味だった。 理科の自由研究では「金城龍彦の打率の考察」というスコアラーみたいな調査をして提出した。 でも、大人になるとどうだろう。 野球が好きだけども、それを追い求めても何も人生に繋がらないかもと感じて、野球を見る時間なんて減ってしまった。 大人になってから出会った友人には、秘密を暴露するかのように「実はめっちゃ野球好きなんだよ、自分」と言っている。 でも、インドの子供たちがクリケットを楽しむ姿を見て思い出した。 「好き」とは誰かに評価されるためでもなく ただ心が自然に喜ぶ瞬間の積み重ねだということを。 ・ ・ ・ 大人になると「好き」を続けるのが難しくなる。 結局周りから認められる「好き」を「好き」と言い張っていくからだろう。 
拝啓、インドさん。あなたたちのおかげで、大事なことを思い出しました。ありがとう。僕も「好き」を信じて生きていきます。
1
8
745
拝啓インドさん

あなたのことを初めて知ったのは、 6歳の時に遊んだストリートファイターでのダルシムでした。 そこで描かれていたのは、手が伸びて火を吹く骨皮の修行僧。 インド人は「ヨォガ」「ヨォガ」「ヨォガ」と言い続けているのだと信じていました。 誰に教えられわけでもないけど、 いつの日かインドにはダルシムはいないと気づきました。 でもテレビやメディアを通して インドという漠然としたイメージを描いていました。 しかし、実際にあなたの国に足を踏み入れてから、そのイメージは一変しました。 
感じた部分は多くあるけど 一つは言葉について。 インド人はダルシムのように「ヨォガ」とは喋らない。 それは分かっていたけど インド人は「英語」はみんな喋れるのだろうと信じていました。 「インドは英語で通じるから大丈夫」って言葉は、これは何人もの人に聞いた話です。 だけど実際にインドに来てみると、タクシーの運転手だともう英語は通じない。
もちろんホテルの人やオフィスで働くような人なら英語は問題ないのだが、インドでは一部の人しか使えませんでした。 ただ外国人がインドにきてオフィスワークをする分には英語で十分でしょう。
でも英語でできる会話で、インドさん、あなたの深いところまで話せるものではないとわかりました。
 「🎵きっとこの世界の共通言語はー、英語じゃなくて笑顔だと思う」 こんな曲が流行っと思うんだけど
そもそも英語は全ての国で通じはしない。 英語は共通言語でもなんでもありません。 インドにいるならヒンディー語です。 そして笑顔でいたからってインドさんと何も通じないこともわかりました。 あなたの感情の笑顔を知って全てを分かったつもりにもなりたくありません。

泣いてる顔もあるんでしょう。 辛い時もあるんでしょう。

だから僕はあなたを知るためにもヒンディー語の勉強を始めました。 僕は幸いネパール語が分かるので、ヒンディー語も半年くらい勉強すれば日常で困らないくらいにはなれると思っています。

それまでは、あなたの事について勝手に誤解することもあるでしょう。
だけど僕もあなたに歩み寄りますので
どうぞその時までお待ちください。 かしこ
1
1
18
1,077
拝啓インドさん

あなたは僕に、資本主義の光と影をこんなにも露骨に突きつけるつもりでしたか? 高級車が行き交う通りの脇に座り込む物乞いの老人や子供達。 超近代的な駅に響く列車のクラクションと、その音に混ざる誰かの叫び声。 あなたの街は、豊かさとは何かを問う巨大な教室のようでした。 僕はネパールで暮らしていました。
ネパールでも貧富の差を感じる時はありました。
だけどインドさん程のものではありません。

ニューデリーの一等地。
街を歩く人の足並みは見えない時間に追われるように速い。 もう資本主義の波に乗れた人たちは歩みを止めることができないのでしょう。 その波に乗れなかった人たちが、溺れるように地べたに座り尽くす。
物乞いをしようと上を向く姿は、お金がほしいではなく、酸素がほしいかのように。 地べたに寝転んでいた子供ががたんまり入ったマックポトてを握っていた。 遠くからマックの赤い印象的な箱が見えて僕は近づいてシャッターを切った。 近づいてみて気づきました。 マックの箱の中に黄金色に敷き詰められていたポテト。 そのポテトは箱にただ絵が書かれていたフェイクでした。 子供はただただ空っぽのマックポテトの箱を愛おしむように握っていただけでした。 彼はマックのポテトの味を味わえたのでしょうか。 でも、もしかしたら味合わえなかった方がいいのかもしれないです。

拝啓インドさん あなたは僕に問いかけています。 インドさん、あなたは答えを分かっているのでしょう。
でも僕たちに自分で答えを見つけろと言っているでしょうね。

まだインドさんのところに来て一日目。 もっとあなたのことを知ろうと思います。 かしこ
1
6
1
45
5,395
今はインドのニューデリー。 ネパールでのビザのため一時的にインドに。 インドの喧騒はネパールよりも激しい。 けれどもネパールで暮らしていると、あれもやれ、これもやれ、日本から誰が来たの連絡等々…。ネパールにいた方が私は心の喧騒が激しいですね。束の間の冬休み。インドさん、メリークリスマス。
1
3
25
2,660
チェックメイト
13
677