人生にも賞味期限と消費期限があります。
お金を貯めて老後に旅行するつもりが、体が動かなくなる。
欲しかったものが売り切れて、二度と手に入らない。
怪我やライフステージの変化で、いつかやるつもりのことが永遠にできなくなる。
計画は「今が続く」前提だと脆いものです。
余裕があるときにできることは、今やるべきです。
新しいAIアシスタントを試すときは、「次の日もそのまま使えるか」まで見ています。
Museを自分のGrok Botから動かせるか試しました。ログインして質問し、返事を受け取るところまでは、初日にできています。
ただ、毎日使うなら、一度動いただけでは合格にしません。次の日にログインが切れていないかを確かめました。
新しいツールの合格ラインは、一度だけ動くことではありません。何もしなくても、次の日に動くことです。
AIがあった時代も、なかった時代も、考える人は考えていました。
考えない人は、考えていませんでした。
便利な道具が変えるのは、その差の大きさだけです。
考える人は、雑務を手放した分だけ、さらに考え続けることになります。
私は、他人にはレッテルを貼らないと決めています。
自分に対しては「もっとできるはずだ」と前向きなレッテルを貼り、プレッシャーをかけます。
他人への評価は、一人の意見で決めません。
複数の人が同じことを言って初めて、判断材料にします。
「言った」という事実と、「受け止めた」という結果は別物です。
相手が別のことに集中しているときに流し込んだ情報は、頭に入りません。
伝わったかどうかの責任は、話し手にもあります。
大事なことほど、相手が受け取れるタイミングと場所で伝えるべきです。
モデルがナーフされてるっていう投稿はたまに見るけど、複雑なタスクをそのまま任せるんじゃなくて、ある程度噛み砕いて渡すってことを意識しているとあんまり気にならないんですよね。
むしろ本当に AI には便利すぎてお世話になってる。
どこで電話番号漏れたのかわからないけど、「今お使いのau回線の契約についてお電話させていただきました」っていう営業電話
「au回線使ってないです」って言ったらいきなりブツ切りしてくる。
営業マンとして終わってる。
あの営業電話に関わってる人間、全員仕事なくなって路頭に迷えばいいのに。
不確実性の高い領域で「完璧になるまで出さない」と決めるのは、終わりのない石積みと同じです。
まず出して、反応を見て、伸ばす。
この順番が価値を最大化します。
私は長く基幹系システムに携わってきました。
そこでの完璧とは「データが正しく格納され、正しく取り出せること」でした。
明確で、達成できる目標です。
今は生成AIの領域で仕事をしています。
同じ質問でも、返ってくる答えは毎回少しずつ違います。
「完璧な精度で」と言われても、その完璧を誰も定義できません。
だからやり方を変えました。
①動くものを早く出し、実際に使ってもらう
②期待を超えた部分はさらに伸ばす
③届かなかった部分は原因を分析して直す
1円の誤差も許されない領域では、今も高い精度が必要です。
それ以外の多くの領域では、完璧を追って立ち止まるより、不完全でも前に進む方が大きな価値を生みます。
Replitが「Cloud Agents」を出しました。デザイナーやサポート担当が言葉で頼むと、エージェントがコードを直し、動くアプリで試して、テストの変更と動画の証拠つきでPRを出します。
私はDevinを使っているのですが、コードを書くAIと、変更を出すAIが分かれ始めています。
通す側のエンジニアに残るのは、そのPRがどこまで影響するかと、出してよいかの判断です。「直しました」の言葉ではなく、差分とテストで確かめる。PRを出せる人が増えるほど、この確かめ方を先に決めておくことが効きます。
replit.com/blog/anyone-can-b…
AIにレポートを読ませると、書いた人への評価まで返ってきます。
便利であり、同時に怖いものです。
評価の効率化と人間性の尊重のバランスは、組織を率いる側が自分で決めるべき課題です。
若手のレポートをAIに読ませたところ、経営陣の肌感覚とほぼ同じ評価が返ってきました。
与えたのはレポートの文章だけです。
評価が瞬時に、大量に行えるようになれば、採用や昇進、日々の業務評価にまで広がります。
ただし、経営陣の感覚と一致したことだけで、評価の正しさが証明されたわけではありません。
一方で、常に何かに評価され続ける環境は息苦しいものです。
誤った評価を出す可能性もあります。
成長の可能性や個性のように数値にしにくいものは、機械の評価からこぼれ落ちやすいものです。
だから私は、AIの評価は判断材料の1つに留め、最終判断は人が責任を持つべきだと考えています。
教えてもらうことは、悪いことではありません。
ただ、教えてもらえるまで待っていたら、自分で仕事を進める力は育ちません。
まず自分で調べ、試す。
そのうえで、足りない部分を人に助けてもらう。
受け身で教わることと、主体的に助けを借りることは違います。



