若い記者には武勇伝や根性論ではなく、例えば「デカのヤサ割りノウハウAtoZ」とか「効果的なネタの当て方」とか「うるさいデスク・キャップのあしらい方」みたいな実践論の方が共感を得られるのではないかと思ったり
\江戸西/ retweeted
このような自民党の国会議員がいることに安堵する。
渡嘉敷奈緒美氏
「出自だけで人を排除し、「祖国へ帰れ」と決めつける発想には、断じて賛同できません。日本を守ることと、差別を正当化することは全く別問題です」
Replying to @kantei___
「純日本人」とは何を基準に判断するのでしょうか。血筋ですか、出生地ですか。日本の法律では、帰化した方も同じ日本国民です。国会議員に求められるのは、血統ではなく、国家と国民に対する責任と行動です。出自だけで人を排除し、「祖国へ帰れ」と決めつける発想には、断じて賛同できません。日本を守ることと、差別を正当化することは全く別問題です。
\江戸西/ retweeted
八王子市の初宿市長、クマ対策で自ら挑んだ狩猟免許が不合格。
市街地にもクマが出るようになった八王子市
↓
市長「それなら自分が免許を取る」と表明(海上自衛隊OB)
↓
市民「市長そこまで!?」と応援の声が広がる
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迎えた試験、結果は「不合格」
↓
しかも本人いわく、落ちた原因は「クマ以外の鳥獣の知識が足りんかった」
↓
いちばん対策したかったクマ、試験では関係なかった
本人は「公務を優先しながら研鑽を重ねる」とのこと。
ワイ、これは笑うとこやなくて応援するとこやと思うわ。
こういう事例を通して社内規定が強化されることになり、結果的に後進の自由な活動が妨げられるんだよ⋯。
しかし、ひどいな。確認の機会が複数回、ある程度の期間設けられているはずの書籍でこれなら、YouTubeはとんでもないことになってんじゃないか。
望月衣塑子記者の発言部分に複数の誤り 本人が謝罪 朝日新聞出版が対談本を販売中止、回収
tokyo-np.co.jp/article/52561…
東京新聞デジタル
\江戸西/ retweeted
単著を15冊書き(うち一冊は朝日新聞出版で文庫化)、編集協力をやったことがある私が新書「常識なき世界を生き延びるために」(内田樹/望月衣塑子著)の回収について、以下、考えを述べます。
これは複合的なミスだと思いました。
編集協力者(ゴーストライター)が二人の対談に立ち会い、それを文字起こしし、書籍にまとめていく(テキスト化)していくわけです。
そのテキスト化の際、編集協力者または朝日新聞出版の担当編集者がテキストを「捏造」した可能性があります。もしくは望月衣塑子氏が話したことをそのまま書き取ったか。
また、上記の二人に加え、望月衣塑子氏がゲラをしっかり確認していなかった可能性も考えられます。私が担当編集者だったら、川中だいじ氏にも見せて、間違いがないか確認してもらいますが、それも行われなかったのでしょう。
今回の件で、望月衣塑子氏への責任追及が弱いように思えます。彼女がこれで業界を抹殺されそうにありません。一部の人にとって歯がゆさを感じることと思います。
それは、彼女自身が書いていないということに尽きると思います。著者は彼女ですが書いたのはゴーストライターですから。
ちなみに私、朝日新聞出版で文庫化された「誰も国境を知らない」の単行本版。ゲラにすること8回、執筆開始から完成まで(取材はその6年前から)1年半かけました。重版すらしませんでしたが。
ゴリゴリの記者は必要。その上で…。新聞TV記者出身の女性ライターの知り合いが何人もいる。話すと社会貢献意欲が高かったり、正義感が強かったりする。メディアに新卒で入るくらいだから頭もいい。社会の何かに問題意識を持って報道を志した人が多い。彼女たちが辞めた理由を聞くと「そりゃ無理だ」と思うことが多い。「甘い考えでジャーナリストを目指すなよ」とはとてもじゃないが言えない。そして今、新聞TV記者としては伝えられなかったことを、ライターの立場で書けるように努力していたりする。氷河期世代で生存者バイアスが強く、考え方が古い自覚がある私でさえ、新聞は貴重な人材をみすみす失ってきたと感じる。もったいない。
【ゴリゴリの記者に出会う】
昨日、専修大で調査報道のシンポジウムがあった。一緒に登壇するジャーナリストの青木理さんに挨拶すると、開口一番、こう言われた。
「遠藤くん、X炎上しているらしいね」
青木さんはSNSを全くやっていないのに、なぜか私が軽く炎上したことを知っていた。「青木理、恐るべし」である。
シンポジウムでは、調査報道は「熱意だ」、「気合いだ」と言っておいた。まずまずウケていたので、よしとしよう。
今回、メディア業界の先輩方は、現地情報隊の取材を続ける熊本日日新聞の植木泰士記者に、私がどう絡むのか、非常に楽しみにしていたらしい。
シンポジウムが終わり、飲み会の席で植木記者と話をした。
植木記者は「365日、常在記者」だという。子どもと遊んでいる時に取材が入れば、子どもも一緒に取材に連れて行くらしい。
現地情報隊の問題点に関する見方は、私と植木記者では異なるが、「内部情報を取る」、「徹底した取材をする」という点では完全に一致した。継続して結果を残す記者は猛烈な取材をしている。
「3年素振り理論」で軽く炎上したわけだが、植木記者と話す中で、記者としての基本動作を学ぶ3年という期間すら耐えられない人は、記者を目指さない方がいいと改めて思った。時に人の人生を背負う記者の仕事は、生半可な覚悟でやるべきではない。
(社会部を目指す人、調査報道をやりたい人に言っているのであり、他部を目指す人には言っていませんので、ご注意下さい。そもそも、記者というより、どんな仕事でも3年間は下積み期間だと思うのだが…)
植木記者は「これから取材があるので」と言って、飲み会の場を早々に切り上げて去って行った。365日、記者なのである。
現在、話題のTBSドラマ「VIVANT」の元となった「自衛隊の闇組織 秘密情報部隊『別班』の正体」を記した共同通信の石井暁さんとも話をさせて頂いた。
石井さんは、「自分のやりたい仕事ができるようになったのは50歳を過ぎてからだった」と言っていた。
社内における自分のプレゼンスが高まり、自分のやりたい取材をして記事が出せるようになるのは、ある程度の実績、経験、年月が必要なのである。
私は42歳で専門記者になり、好き勝手やらせてもらっているが、記者人生の中で今が一番楽しい。大阪社会部時代は、激務過ぎて記憶が一部飛んでいるが、あの下積み時代があったからこそ、今があると思っている。
多くの先輩方、他社の記者に刺激をもらった。有意義な一日だった。
\江戸西/ retweeted
>エースの皆さまに食わせてもらってる
気にかける事もない。実際は記者が食ベていけるのは販売や広告の人がお金を取ってくるからで。エース記者が稼いでいるというなら、協会賞記者をあまた輩出した #毎日新聞 さんがいちばん栄えてないといけないが、そのようには見えないし。
\江戸西/ retweeted
マジレスするのも野暮だけど…NHKが志願者を激詰めすることはないですね。大切な視聴者なので。
xitter.gq/tsukamotosoichi/status…
望月記者の謝罪動画はゲスト出演者を脇に置いての謝罪で、それが済んだら別のテーマに入ってしまった。謝罪のみで1本立てるべきだった。服装はいかにも普段着。おめかししろというのではなく、TPOを考えてほしかった。YouTubeの仕様は詳しくないが、特定投稿のみ収益化返上が可能ならばそうするべき
\江戸西/ retweeted
休日未明の火事現場臨場、ガサ待ち12時間、数千枚の公開資料分析……を経験してきた。数か月の無休も当然だった。だがこの間、心身を病み、家庭が壊れ、身内のケアが必要になり、「脱落」していった大勢の仲間も見てきた。氏より年長者として心情は分かる。だが生存者バイアスを普遍化してはならない。
【ゴリゴリの記者に出会う】
昨日、専修大で調査報道のシンポジウムがあった。一緒に登壇するジャーナリストの青木理さんに挨拶すると、開口一番、こう言われた。
「遠藤くん、X炎上しているらしいね」
青木さんはSNSを全くやっていないのに、なぜか私が軽く炎上したことを知っていた。「青木理、恐るべし」である。
シンポジウムでは、調査報道は「熱意だ」、「気合いだ」と言っておいた。まずまずウケていたので、よしとしよう。
今回、メディア業界の先輩方は、現地情報隊の取材を続ける熊本日日新聞の植木泰士記者に、私がどう絡むのか、非常に楽しみにしていたらしい。
シンポジウムが終わり、飲み会の席で植木記者と話をした。
植木記者は「365日、常在記者」だという。子どもと遊んでいる時に取材が入れば、子どもも一緒に取材に連れて行くらしい。
現地情報隊の問題点に関する見方は、私と植木記者では異なるが、「内部情報を取る」、「徹底した取材をする」という点では完全に一致した。継続して結果を残す記者は猛烈な取材をしている。
「3年素振り理論」で軽く炎上したわけだが、植木記者と話す中で、記者としての基本動作を学ぶ3年という期間すら耐えられない人は、記者を目指さない方がいいと改めて思った。時に人の人生を背負う記者の仕事は、生半可な覚悟でやるべきではない。
(社会部を目指す人、調査報道をやりたい人に言っているのであり、他部を目指す人には言っていませんので、ご注意下さい。そもそも、記者というより、どんな仕事でも3年間は下積み期間だと思うのだが…)
植木記者は「これから取材があるので」と言って、飲み会の場を早々に切り上げて去って行った。365日、記者なのである。
現在、話題のTBSドラマ「VIVANT」の元となった「自衛隊の闇組織 秘密情報部隊『別班』の正体」を記した共同通信の石井暁さんとも話をさせて頂いた。
石井さんは、「自分のやりたい仕事ができるようになったのは50歳を過ぎてからだった」と言っていた。
社内における自分のプレゼンスが高まり、自分のやりたい取材をして記事が出せるようになるのは、ある程度の実績、経験、年月が必要なのである。
私は42歳で専門記者になり、好き勝手やらせてもらっているが、記者人生の中で今が一番楽しい。大阪社会部時代は、激務過ぎて記憶が一部飛んでいるが、あの下積み時代があったからこそ、今があると思っている。
多くの先輩方、他社の記者に刺激をもらった。有意義な一日だった。

















