ハシブトクロウ retweeted
世界中で話題になっているこの動画。やはり機械翻訳には任せられないし、当のアメリカ国民や、他の民主国の人びとに「アメリカ史に遺る最も重要な動画の一つ」と言わしめる動画なので、自分の言葉で訳し、伝えたいと思い、作業しました。敢えてクレジットは入れていないので、ご自由に利用ください。
現代のアカデミア、これは別に数学に限らないんですが「ちょっとだけ興味あるかも」という人に対して「まずは出家しろ。話はそれからだ」と言わんばかりの態度を取る傾向は正直あります。
ここで「出家」は比喩ですが、要は楽して学問の階段を登れると思わずに一歩一歩根気よく積み重ねろというのを「いきなり」要求する傾向があるという話です。
で、もちろん、気持ちはわかるんですよ。つまみ食いで学問を極められるか?というと実感からしても怪しいですし。
ただ、もうちょっとだけ「たとえ何かの学問の山に登れなくても」「一日体験会」から何かできるならそれは意味があることじゃない?って思います。
この辺りは学問よりは文化事業を見たほうがいいと思っています。
たとえば去年訪れた兵庫の某所であった「ガラス細工作り体験」なんかそうですが、制作工程の大半はお兄さんがやってくれて、お客さんはその一部を知るにとどまるわけですが、ともあれ、そういう体験ができることで「ガラス細工作りって意味わからん」から「こんな感じなんだ」と思えるようになるわけですね。
どうしたら学問に興味があまりない人に少しでも「あ、ちょっと楽しい」と思ってもらえるか、というのは考えたり企画してもいいんじゃないか?って感じます(というと、迎合するのかという人が出てくるのがややこしいですが)
確かにどちらもありますし、どちらも同じ『優しさ』ですが、この2つは性質の全く異なるものです
愛されて育った人間の性格の良さは『安心』に由来があります
他者は基本的に自分を傷つけない、という前提で人と関わることができるので、疑わず、構えず、見返りを考えずに親切にできます
一方で、苦労してきた人間の気遣いは『警戒』に由来を持ちます
親や周囲の機嫌を読み取ることが日常的に行われ、そのスキルが研ぎ澄まされ、他者の表情や声の調子のわずかな変化に気づけるようになる
心理学ではこれを『過剰警戒』と呼びますが、大人になるとこの力が『よく気がつく人』『気遣いのできる人』として評価されるスキルにもなります
私は心理学の立場から、後者の「苦労したからこそ優しくなれた経験」を美談にしてはいけないと思っています
後者の優しさのほうが泥臭い物語に紐づいているため持ち上げられがちですが、そのスキルには苦しい過去から抜け出すために必死で身についた生存バイアス的な強さです
その過程で潰れてしまった人も多いですし、大人になっても『過剰』だった部分を手放すことができず、常に気を張って疲弊させる諸刃の剣でもあります
よくX上でみる「地獄を見た人が持つ優しさは魅力的」という言説があり、たしかに魅力なのですが、そうでない人がその優しさを消費することに対して強い違和感を覚えます
もっと人生ってそこまで厳しくなくていいし、甘えていいと思うんですよね





























