Pinned Tweet
原作:診断メーカー「 #あなたをVTuber化してみる 」
キャラクター原案:ブラック(@naoyukikuroda )先生
作画:爆発電波(@explosionpsycho )先生
アニメ化みたいな豪華スタッフのアイコンできたー!
近所をぶらぶらしてみたけど、道順障害の症状は回復してきてる気がする。
あれ?って思うことが稀にあったんだけど、もともと「だいたいこっちの方向やろ」くらいの雑な感覚で行動して道を一本間違うとかは日常茶飯事だったので、脳卒中の後遺症なのか元からポンコツなだけなのか判断に困るのだ。
Replying to @lostCmell
駅から家までの道がわからなくなるという症状が出て、こりゃヤベエと思って病院行ったわけですよ。
なんか、自分がいる場所とか目的地とか、ブロックとしての位置は理解できるんだけど、それの繋がりを考えることができないの。
昔はお茶といえば茶色で、緑茶が後から普及したから、グリーンじゃなくてブラウンが「茶」色なのね。
地元の高知じゃお茶といえば番茶で、ちゃんと茶色だったw
tokichi.jp/blogs/life-with-c…
#日本茶の日 #こち亀
JC106巻7話「お茶屋の藤田くんの巻」(WJ1997年39号初出)では日本茶・中国茶など様々なお茶が題材に maxaydar.backdrop.jp/kame/ep…
「茶色というのは緑じゃないでしょう」「茶色は茶色で ほうじ茶の色でしょう」は、初めて読んだ時 部長と一緒に「確かに…」となりましたw
大ドイツ主義みたいな大チーバ主義があるのかしら。
旧下総国の領土を千葉県に統一せよ!とか。
【大チーバくん展】
2007(平成19)年-チーバくんは「ゆめ半島千葉国体・ゆめ半島千葉大会」のキャラクターとして誕生しました。それが千葉県公式キャラクターとなったのは「大会が終わってもチーバくんを見ていたい!」「千葉県のキャラクターにしてほしい!」と願う人たちの声が、たくさんたくさん寄せられたからなのです。
2027年1月11日-、チーバくんは誕生20年を迎えます。千葉に暮らす人や働く人、千葉に関わるいろいろな人々の暮らしや活動、景色や言葉をどんどん招き入れ、生き生きと成長してきたチーバくんの活動の記録と、作者さかざきちはるさんの新作アート作品を、ぜひ本展でお楽しみください。
「大チーバくん展−さかざきちはるとチーバくんの20年」
●会期:令和8年10月31日(土)〜令和9年1月17日(日)
●開館時間:午前9時~午後4時30分(入場は午後4時まで)
●休館日:月曜日(ただし11月23日(月)、1月11日(月)は開館)、11月24日(火)、12月28日(月)~1月4日(月)、1月12日(火)
●会場:千葉県立美術館 第3・8展示室
※第1・2展示室ではコレクション展「大あかい作品展」も同時開催予定
●入場料:一般1,000円(団体一般800円)、高大生500円(団体高大生400円)
※中学生以下・65歳以上・障害者手帳をお持ちの方と介護者1名は無料
※11月3日(火)文化の日はどなたでも無料。
#千葉県立美術館 #千葉県美 #チーバくん #大チーバくん展
他の都道府県に改造されたチーバくん、「シテ……コロシテ……」って声が聞こえてきそう
マンモス西の小市民な幸せは、ジョーが選ばなかった生き方で、ボクシングじゃなくて紀ちゃんを選んでいれば、ジョー自身が手に入れていたものなんよね。
言うなれば、ジョーのIFの幸せを見せつけるための舞台装置だから、嫌われたとしたらそれは大成功なんじゃないかしら。
俺、マンモス西が大嫌いだ。
紀子を取ったからではない。
根性無しでボクシングを挫折したくせに作中で誰より幸せを手にしてる。
他の人物達は何かしら失って、最終回を迎えている。
西一人だけ手に入れるだけで何も失わず、家庭の幸福にゴールイン。
最後の小市民な面、なんなん?
#あしたのジョー
だから、マンモス西の姿は、森川ジョージのいうところのストーリー仕立てに近くて、これはちばてつやの作劇よりは梶原一騎の脚本なのかなー、と思ったり。
【ストーリー仕立てとドラマ仕立て】
質問者が読者で漫画の場合が前提で答えます。
ストーリー仕立てを①
ドラマ仕立てを②とします。
①はほとんどの場合がゴールが決まっていてキャラはそのゴールに行き着くための構成員です。
神目線で描かれキャラや小物に至るまで作者の支配下にあり物語を歪めません。
伏線等が最初から意図的に組み込まれていてバチッとはまるとゴールに行き着いた時に爽快感が生まれます。
代償はキャラの主張が沈むことです。
②はキャラ優先でキャラが他者や事象に触れた時のリアクションで物語が転がります。
「Aだよね?」と聞かれた時それに近いBでもCでもなく「Yだ!」と答えとんでもない方向へ進みます。
キャラと物語が作者の制御下になく、そのため作者も読者も「どうなるんだろう?」という緊張感を生みます。
代償は物語が曖昧になることです。
代償と書きましたが①②に偏ると読後の印象が各々そうなる傾向があり、どちらの手法にも一長一短は伴います。
①の典型は手塚治虫先生でスターシステム(劇団型)というすでにいるキャラで成立し壮大な物語を紡ぎます。
歴史上の人物を扱う時代劇や大河ドラマ等も含まれます。
②の典型は永井豪先生で「どうしてこうなった?」と作者を困らせながらもキャラの魅力で物語を引っ張ります。
しかしながら手塚先生のキャラはたまらなく魅力的で永井先生のストーリーもまたのめり込むものです。
優れた作家の漫画は①②を複合的に描きその境界線を気づかせません。
偏りがなく、そしてそこに斬新なアイデアがあって名作になるのだと思います。
自分はどちらの成分が色濃いかで区分しているだけで同じ作家でも違う作品では①の場合もあり②の場合もあります。
ハッキリと区分できるものではありません。
松本零士先生は最終回を決めてから着手すると何かで読みました。
ゴールに至るまではキャラの自由度に任せているようです。
蛭田達也先生は導入を考えるのが好きだと言っていました。
まず設定を紹介し後は知らんという手法です。
完全に当てはまるものでもないし、どちらかというとそういう手法、そういうタイプの作家ということです。
漫画のタイトルにも注目してみて下さい。
タイトルがその世界観である場合は①。
人物名である場合は②。
何故か結果的にその傾向が強くなります。
神様の例では『火の鳥』が①。
『ブラックジャック』が②。
そんな感じです。
なんとなく伝わりましたかね?
好きな漫画が①か②か複合的なのか、そんなことを考えながら読むのもまた面白いと思います。
そしてネームに悩む新人漫画家さんの一助になれば嬉しいです。
詳しく書くと長い文章になるので簡単で極端な言い回しになりました。
当然例外はあり「それは違うという」反論も多いと思いますが、以上が自分の主観的な説明となります。
現在映画公開中の『メイドインアビス』のつくしあきひと先生は完全に②の傾向が強く、いつも困って描いているらしいですよ。














































