千代田区補選が終わり、参政党に思う事
参政党が千代田区の都議補選で、0歳・2歳・8歳の子を抱える竹本はるか氏を公認し、党員投票で賛成多数となったことに正直驚いている。
党員が判断した結果とはいえ
「他に担げる人がいなかったのか」という疑問が残る。
議員を出すこと自体が目的化していないか。
日本や東京都が、そこまでして「乳飲み子を抱えた母親を都議に」と望んでいるのか、切迫した必要性があるのか、率直に疑問だ。
歴史を振り返っても、日本では乳飲み子を抱える母親を社会の最前線や公職に送り出すことは、戦時中の動員でも基本的に避けられてきた。
家庭の主軸を守るという考え方が長く根付いてきた国だ。現代でも、その価値観が完全に消えたわけではない。
もちろん個人の選択として挑戦すること自体を否定するつもりはない。ただ、「党が公認し、党員が多数で推した」という事実を見ると、組織としての人材の厚みや、何を優先して議員を増やそうとしているのかが気になる。
子供の未来を守るために政治に関わるという主張は理解できる。しかし、その手段として「今このタイミングで、この状況の人を公認する」ことが、本当に有権者が望む形なのか。
補選の結果も踏まえて、改めて考えたい。
千代田区補選が終わり、参政党に思う事
参政党が千代田区の都議補選で、0歳・2歳・8歳の子を抱える竹本はるか氏を公認し、党員投票で賛成多数となったことに正直驚いている。
党員が判断した結果とはいえ
「他に担げる人がいなかったのか」という疑問が残る。
議員を出すこと自体が目的化していないか。
日本や東京都が、そこまでして「乳飲み子を抱えた母親を都議に」と望んでいるのか、切迫した必要性があるのか、率直に疑問だ。
歴史を振り返っても、日本では乳飲み子を抱える母親を社会の最前線や公職に送り出すことは、戦時中の動員でも基本的に避けられてきた。
家庭の主軸を守るという考え方が長く根付いてきた国だ。現代でも、その価値観が完全に消えたわけではない。
もちろん個人の選択として挑戦すること自体を否定するつもりはない。ただ、「党が公認し、党員が多数で推した」という事実を見ると、組織としての人材の厚みや、何を優先して議員を増やそうとしているのかが気になる。
子供の未来を守るために政治に関わるという主張は理解できる。しかし、その手段として「今このタイミングで、この状況の人を公認する」ことが、本当に有権者が望む形なのか。
補選の結果も踏まえて、改めて考えたい。
厄介な、味方のような敵 つまり最大のアンチは内に。
宮沢先生が参政党の選挙戦略について改善点を指摘された直後から、一部の支持者の間で「過去にこんな発言をしていたから、この人は結局アンチだ」「信用できない」といった短絡的な批判が散見された。
しかし、過去の一言を切り取って人物全体を断じるような反応は、子供でもない大人がすることではない。
背景や文脈を想像せず、相手の意図を汲もうともせずに非難を繰り返す姿勢は、党の外から来る批判よりもむしろ党のイメージを損ねている。
こうした内輪の過剰反応が積み重なると、冷静に政策や戦略を議論できる層が距離を置き、結果として支持率が伸び悩む要因になりかねない。
真に党の成長を願うのであれば、建設的な指摘を「裏切り」とみなして排除するのではなく、内容を吟味した上で議論できる成熟さが必要だ。
背景を想像できないまま感情的に反応する人々こそが、参政党にとって最も厄介な存在。
私が申し上げたかったのは、参政党やその支持者の方々を否定することではありません。
今回の選挙戦について、候補者の経験や政策への理解、そして党の選挙戦略に改善の余地があったのではないか、ということです。
これからの参政党には、年齢や性別による話題性よりも、さまざまな分野で経験と実績を積んだ、多様な人材を登用してほしいと思っています。
また、地方選挙と国政選挙では、求められる戦略も異なります。地域の課題や具体的な政策が問われる地方選挙で、応援演説が国政の話になれば、かえって違和感や拒否感を抱く有権者もいるのではないでしょうか。
選挙は、力強い主張を繰り返せば支持が広がるというものでもありません。熱意が強すぎると、かえって人が離れてしまうこともあると思います。
党が成長し、次の段階に進もうとしている今だからこそ、選挙戦略も変化させる必要があるのではないでしょうか。
批判のための批判ではなく、今後への期待を込めた意見として受け止めていただければ幸いです。
厄介な、味方のような敵 つまり最大のアンチは内に。
宮沢先生が参政党の選挙戦略について改善点を指摘された直後から、一部の支持者の間で「過去にこんな発言をしていたから、この人は結局アンチだ」「信用できない」といった短絡的な批判が散見された。
しかし、過去の一言を切り取って人物全体を断じるような反応は、子供でもない大人がすることではない。
背景や文脈を想像せず、相手の意図を汲もうともせずに非難を繰り返す姿勢は、党の外から来る批判よりもむしろ党のイメージを損ねている。
こうした内輪の過剰反応が積み重なると、冷静に政策や戦略を議論できる層が距離を置き、結果として支持率が伸び悩む要因になりかねない。
真に党の成長を願うのであれば、建設的な指摘を「裏切り」とみなして排除するのではなく、内容を吟味した上で議論できる成熟さが必要だ。
背景を想像できないまま感情的に反応する人々こそが、参政党にとって最も厄介な存在。
私が申し上げたかったのは、参政党やその支持者の方々を否定することではありません。
今回の選挙戦について、候補者の経験や政策への理解、そして党の選挙戦略に改善の余地があったのではないか、ということです。
これからの参政党には、年齢や性別による話題性よりも、さまざまな分野で経験と実績を積んだ、多様な人材を登用してほしいと思っています。
また、地方選挙と国政選挙では、求められる戦略も異なります。地域の課題や具体的な政策が問われる地方選挙で、応援演説が国政の話になれば、かえって違和感や拒否感を抱く有権者もいるのではないでしょうか。
選挙は、力強い主張を繰り返せば支持が広がるというものでもありません。熱意が強すぎると、かえって人が離れてしまうこともあると思います。
党が成長し、次の段階に進もうとしている今だからこそ、選挙戦略も変化させる必要があるのではないでしょうか。
批判のための批判ではなく、今後への期待を込めた意見として受け止めていただければ幸いです。
りょうすけ retweeted
私が申し上げたかったのは、参政党やその支持者の方々を否定することではありません。
今回の選挙戦について、候補者の経験や政策への理解、そして党の選挙戦略に改善の余地があったのではないか、ということです。
これからの参政党には、年齢や性別による話題性よりも、さまざまな分野で経験と実績を積んだ、多様な人材を登用してほしいと思っています。
また、地方選挙と国政選挙では、求められる戦略も異なります。地域の課題や具体的な政策が問われる地方選挙で、応援演説が国政の話になれば、かえって違和感や拒否感を抱く有権者もいるのではないでしょうか。
選挙は、力強い主張を繰り返せば支持が広がるというものでもありません。熱意が強すぎると、かえって人が離れてしまうこともあると思います。
党が成長し、次の段階に進もうとしている今だからこそ、選挙戦略も変化させる必要があるのではないでしょうか。
批判のための批判ではなく、今後への期待を込めた意見として受け止めていただければ幸いです。
りょうすけ retweeted
☆今こそ読みたい☆
【緊急AI分析】「協調性がない議員は去れ」なのか――参政党で進む“神谷党化”と離党ラッシュの深層 koresaemireba.net/political-…
りょうすけ retweeted
これまでも理不尽な人事を見てきたので、
今回の都議選候補についても察しがついた。
参政党の看板だけで当選できてしまうフェーズに入ったので、益々強引、傲慢になり、党員の声が打ち消される。
これは過去選択した道が今に至る。
党勢拡大しているから正しいという理論は
いずれ崩壊すると思う。
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宮沢孝幸氏の投稿を拝見し思う事
宮沢孝幸氏の投稿は、参政党が外部からどう見えているかを率直に述べたものにすぎず、党を貶めようとする意図の意見として反感を抱かれても致し方ない類のものではない。
むしろ、有権者が誰しも普通に感じるであろう印象を言語化したにすぎない。
投稿では次のように述べられている。
「今の参政党は、選挙に勝つことを少し優先しすぎているように感じる。候補者の顔ぶれや発言が似通っていて、金太郎飴のような印象を受けることがある。
党の方針に従いやすい人材を重視しているのではないか、とも思えてしまう。若い女性候補者が目立つことについても、外見やイメージを重視する傾向がないか、少し気になる。
もちろん、政党として一本筋が通っていることは大切だ。しかし、理念を共有することと、全員が同じようなことを言うことは違う。
むしろ、多様な経歴や価値観を持つ人たちが集まり、それぞれが自由に意見を述べ、ときには意見が対立して、外からはバラバラに見えるくらいの方が健全なのではないかと思う。
意見が違っても議論を重ね、最後には共通の目標に向かって協力する。それこそが成熟した政党の姿ではないだろうか。」
この指摘は、党の内部事情や戦略を詳細に知らない外部の有権者が、候補者の顔ぶれや発言の傾向、党の雰囲気から自然に抱く印象そのものである。
選挙に勝つための統一感を重視するあまり、画一的で従いやすい人材が目立ち、多様な意見が外に見えにくいという感覚は、特定の悪意から生まれたものではなく、ごく普通の観察から導かれるものだ。
これに対して「それは違う」と反論することは可能だろう。しかし、その反論が有権者の根底にある心情に通用するほどの根拠を伴っていない限り、説得力を持つことは難しい。
外部から見えた姿が「金太郎飴のようだ」
「イメージを重視しているように感じる」
という印象自体を、事実として否定しきれない場合、有権者の感覚は簡単には覆らない。
宮沢氏が指摘したのは、そうした普通の有権者目線の違和感であり、それを「党を貶める意見」と一蹴するだけでは、指摘の核心である「外部からどう見えているか」という点に応えられていないことになる。
要するに、この投稿は参政党を攻撃するためのものではなく、外部の普通の目線で感じる姿をそのまま述べたものにすぎない。
その点を踏まえず反発するだけでは、有権者の側に残る印象は変わらない。
むしろ、こうした指摘を真摯に受け止めた上で、実際の多様性や議論の活発さを外部にどう見せていくかが問われていると言える。
今の参政党は、選挙に勝つことを少し優先しすぎているように感じる。候補者の顔ぶれや発言が似通っていて、金太郎飴のような印象を受けることがある。党の方針に従いやすい人材を重視しているのではないか、とも思えてしまう。若い女性候補者が目立つことについても、外見やイメージを重視する傾向がないか、少し気になる。
もちろん、政党として一本筋が通っていることは大切だ。しかし、理念を共有することと、全員が同じようなことを言うことは違う。むしろ、多様な経歴や価値観を持つ人たちが集まり、それぞれが自由に意見を述べ、ときには意見が対立して、外からはバラバラに見えるくらいの方が健全なのではないかと思う。
意見が違っても議論を重ね、最後には共通の目標に向かって協力する。それこそが成熟した政党の姿ではないだろうか。
宮沢孝幸氏の投稿を拝見し思う事
宮沢孝幸氏の投稿は、参政党が外部からどう見えているかを率直に述べたものにすぎず、党を貶めようとする意図の意見として反感を抱かれても致し方ない類のものではない。
むしろ、有権者が誰しも普通に感じるであろう印象を言語化したにすぎない。
投稿では次のように述べられている。
「今の参政党は、選挙に勝つことを少し優先しすぎているように感じる。候補者の顔ぶれや発言が似通っていて、金太郎飴のような印象を受けることがある。
党の方針に従いやすい人材を重視しているのではないか、とも思えてしまう。若い女性候補者が目立つことについても、外見やイメージを重視する傾向がないか、少し気になる。
もちろん、政党として一本筋が通っていることは大切だ。しかし、理念を共有することと、全員が同じようなことを言うことは違う。
むしろ、多様な経歴や価値観を持つ人たちが集まり、それぞれが自由に意見を述べ、ときには意見が対立して、外からはバラバラに見えるくらいの方が健全なのではないかと思う。
意見が違っても議論を重ね、最後には共通の目標に向かって協力する。それこそが成熟した政党の姿ではないだろうか。」
この指摘は、党の内部事情や戦略を詳細に知らない外部の有権者が、候補者の顔ぶれや発言の傾向、党の雰囲気から自然に抱く印象そのものである。
選挙に勝つための統一感を重視するあまり、画一的で従いやすい人材が目立ち、多様な意見が外に見えにくいという感覚は、特定の悪意から生まれたものではなく、ごく普通の観察から導かれるものだ。
これに対して「それは違う」と反論することは可能だろう。しかし、その反論が有権者の根底にある心情に通用するほどの根拠を伴っていない限り、説得力を持つことは難しい。
外部から見えた姿が「金太郎飴のようだ」
「イメージを重視しているように感じる」
という印象自体を、事実として否定しきれない場合、有権者の感覚は簡単には覆らない。
宮沢氏が指摘したのは、そうした普通の有権者目線の違和感であり、それを「党を貶める意見」と一蹴するだけでは、指摘の核心である「外部からどう見えているか」という点に応えられていないことになる。
要するに、この投稿は参政党を攻撃するためのものではなく、外部の普通の目線で感じる姿をそのまま述べたものにすぎない。
その点を踏まえず反発するだけでは、有権者の側に残る印象は変わらない。
むしろ、こうした指摘を真摯に受け止めた上で、実際の多様性や議論の活発さを外部にどう見せていくかが問われていると言える。
今の参政党は、選挙に勝つことを少し優先しすぎているように感じる。候補者の顔ぶれや発言が似通っていて、金太郎飴のような印象を受けることがある。党の方針に従いやすい人材を重視しているのではないか、とも思えてしまう。若い女性候補者が目立つことについても、外見やイメージを重視する傾向がないか、少し気になる。
もちろん、政党として一本筋が通っていることは大切だ。しかし、理念を共有することと、全員が同じようなことを言うことは違う。むしろ、多様な経歴や価値観を持つ人たちが集まり、それぞれが自由に意見を述べ、ときには意見が対立して、外からはバラバラに見えるくらいの方が健全なのではないかと思う。
意見が違っても議論を重ね、最後には共通の目標に向かって協力する。それこそが成熟した政党の姿ではないだろうか。
りょうすけ retweeted
今は更に露骨になってきただけで、
参政党は元々排他的な性質があります。
意見する者が排除され、愛想を尽かされてきた原因です。
成熟した思考ができる者は党にとって、不都合なのです。
今の参政党は、選挙に勝つことを少し優先しすぎているように感じる。候補者の顔ぶれや発言が似通っていて、金太郎飴のような印象を受けることがある。党の方針に従いやすい人材を重視しているのではないか、とも思えてしまう。若い女性候補者が目立つことについても、外見やイメージを重視する傾向がないか、少し気になる。
もちろん、政党として一本筋が通っていることは大切だ。しかし、理念を共有することと、全員が同じようなことを言うことは違う。むしろ、多様な経歴や価値観を持つ人たちが集まり、それぞれが自由に意見を述べ、ときには意見が対立して、外からはバラバラに見えるくらいの方が健全なのではないかと思う。
意見が違っても議論を重ね、最後には共通の目標に向かって協力する。それこそが成熟した政党の姿ではないだろうか。
りょうすけ retweeted
今の参政党は、選挙に勝つことを少し優先しすぎているように感じる。候補者の顔ぶれや発言が似通っていて、金太郎飴のような印象を受けることがある。党の方針に従いやすい人材を重視しているのではないか、とも思えてしまう。若い女性候補者が目立つことについても、外見やイメージを重視する傾向がないか、少し気になる。
もちろん、政党として一本筋が通っていることは大切だ。しかし、理念を共有することと、全員が同じようなことを言うことは違う。むしろ、多様な経歴や価値観を持つ人たちが集まり、それぞれが自由に意見を述べ、ときには意見が対立して、外からはバラバラに見えるくらいの方が健全なのではないかと思う。
意見が違っても議論を重ね、最後には共通の目標に向かって協力する。それこそが成熟した政党の姿ではないだろうか。
















