高橋弘樹が『山月記』をプレゼンする回の後半。思いのほか面白かった。中島敦の短歌も紹介されていて、『山月記』のまんまの人生だったんだなーと思った。
【石丸伸二vsひろゆき】『山月記』の真相…知られざる友情物語…無名作家と言われた中島敦の苦悩と最期【高橋弘樹 youtu.be/uVeTBMvXBn8?si=OWtQ…
イオンに行ったらフードコートとは別に、書店のある階の通路にテーブルと椅子が何セットか置いてあった。高校生たちが利用していた。「受験生応援!」という立て札があった。
イオンのスタッフさんの間では井戸川射子『この世の喜びよ』がバイブルみたいに読まれてるんじゃないかと思った。
毛内拡『過察する脳』。
「過察」は造語で「ガサツ」の対義語らしい。うーむ、流行るかなぁ。
HSPというワードは出てこなかった気がする(ざっと眺めたところでは)。
「共感疲労」が鍵概念であり、過察にはちゃんと神経コストがかかることを強調し、いくらか改善の提案がなされている。
私なりに補足すると、どうして過察の人が孤立するかというと、集団は過察の人の能力を図らずも搾取してしまうからなのよね。それに疲れて過察の人は集団を抜けてしまいがち。で、そうなると大体集団自体が解散しちゃったりするのよね。それくらい個のスキルで集団を結び付けていたわけだ。
ヘーゲルの枠組みでもやっぱり述べられていないと思うのは、発達障害やパーソナリティ障害の問題だ。
理想的な状況において、「告白」やら「赦し」やらが行われてちゃんちゃん良かったねっていう物語に見える。
精神分析の「転移」とかの物語にも似ている気もする。
とまべっちー retweeted
“下積みみたいなリスクを冒せないのに「普通」の基準ばかりが上がっていく世界は地獄で”
たまらないなこの部分。すごい。
Z世代特有の絶望感は理解されていない|栗崎皓 @yubatanka #映画感想文 note.com/fromheaven/n/necb99…
青松輝の短歌史はいわば穂村弘史観ではないかという問題提起(と読んだ)。
戦後短歌は「説明しない」美学があったが、現代短歌は愛や孤独をそのまま説明するようになり、それがウケた。
ウケたものから逆算した史観。
それってポエジーじゃないの?【短歌評】|西巻 真 note.com/cocoatalk/n/n5c7ecc…












