Pinned Tweet
ここから本買ってください。私にアフィリエイト収入が入ります。
yonosuke.net/books/2026/
美的判断を、他人への配慮や利害より上位に置くとか、一般的なラインより上の扱いを求めるっていうのはそれ自体倫理的な要求なんよね。そこがはっきりしてなかったんじゃないかという気はする。っていうかはっきりさせるべきだったんじゃないかな。
さらには、自分は美的にイケてると思っていてそれなりにリソース投下した上でダサいと言われる人々もいて、この人々はまあたしかに本気で美学の論争に参加したり、あるいは自分をダサいと呼ぶ人々を軽蔑したりするだろう。「ダサいと呼ばれてなんでしょぼくれたり怒ったりするかわからない」って言う人々はこの種の人々だろうし、また怒らない人々もこの種の人々だろう。
一方で、ダサいのはわかっているが、イケてるだのダサいだのっていうのにリソースをつかいたくない人もいて、それはそれでわざわざダサいと指摘されたらこれも腹が立つかもしれない。我々にはそんな美的なことよりもっと大事なことがあるのだ!とか。
